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「僕に、東北の言葉を教えてくれないか?」
「……は?」
突然の、突拍子もないセリフに、悠斗は面食らう。
だが涼真は、なにやら思いつめた様子で滔々と語った。
「いま、新しい作品を書いているところなんだが……設定は、東北から上京したミュージシャン志望の青年が、東京育ちの空虚な青年と出会い、恋をしたり喧嘩したり別れたりを繰り返しながら、徐々にスターになって行くのだが――という話だ」
「ふん、それで東北の訛りを教えてくれってのか」
「ああ、そうだ。できれば、福島より北の、宮城か岩手の設定にしたい。震災の描写も入れたいし――」
「成程ねぇ」
合点がいった様子で、悠斗は溜め息をついた。
「そんなん、今時ネット検索したらすぐに分かんだろ。馬鹿々々しい」
しかし涼真は、ムッとした様子で口を開いた。
「それが分かったら苦労しない! ……最初に書いた原稿の数枚を方言学者の友人へ送って反応をみたところ、これは仙台弁や南部弁ではなく津軽弁だと言われてしまった。それなら翻訳に協力してくれと頼んだら、忙しくてそれどころではないと、にべもなく断られてしまった」
一口に東北訛りと言っても、実際は違う。
同じ東北でも、南部弁と津軽弁だと互いに外国語のようで、言葉が通じない事もあるのだ。
それに、テレビが普及しているこの時代。訛り100%で喋っている方がそもそも少ない。
「あぁ、さてはあんた、津軽三味線の漫画とか読んでそれを参考にしたクチだな」
「……」
どうやら図星だったらしい。
涼真は憮然とした様子で、席を立った。
会計は既に岸が済ませていたので、喫茶店をそのまま後にする事は問題ではないが。
「おい?」
「ついて来い」
もしかして、この男は結構俺様気質のタイプか?
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