100人が本棚に入れています
本棚に追加
「岸さん~幾ら創立したばかりの会社に加えて、創刊号準備でバタバタしているからって……!」
ここまで作家を混乱させるような現場など、あってはならないことだろう!
即電話して抗議と恨み言を述べようとしたが、真剣な顔の涼真に気付き、その手は止まった。
「何であんたは、怒らないんだ?」
「怒る?」
「中途半端な話を持って来られることが一番ムカつくだろうが。俺は全精力を注いで漫画を描いているんだ。部外者に、これが簡単にできる事だと思われるのは許せない。岸さんは前の出版社でもお世話になった人だから、あの人はちゃんとした人だってのは分かっている。きっとどこかで、行き違いが生じているに違いない。だから、まずは岸さんよりも、もっと上の奴等にガツンと言わないと。そうだ、編集長の名刺も貰っていたな……」
「そこまで判っているなら、怒る事ではないだろう」
「何だ、あんた? 俺の事をたんぱらだって言いてぇのかっ」
「たんぱら――?」
「マリサ社長に直接電話するのも良いな。いつも向こうから突然かけて来やがるから、たまにはこっちから掛けてやる。ったく、あのおなごは――」
「ちょっと待て、“たんぱら”と“おなご”とはどういう意味だ?」
「は?」
ムッとして睨んだが、どうやら本気で分かっていない様子の涼真に、悠斗は毒気を抜かれて溜め息をついた。
「ああ、そうか――分かんねぇか」
ついつい標準語のノリで言ってしまったが、確かにこれは方言だったなと気付き、悠斗は、自分より頭一つ分低い位置にある涼真の顔を見て口を開く。
「『たんぱら』ってのは、短気とか怒りっぽいとかって意味だ。『おなご』は女だな。どうだ? 分ったか?」
「ああ、成程……何となくニュアンスは通じているな」
そう呟くと、涼真はすかさずメモを取った。
今すぐにでも怒鳴り込みに行きたいと思っていた悠斗であるが、全く動じた様子の無い涼真を見ていると、その勢いも自然に削がれてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!