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安藤マリサが『ハッキリ言ってつまんないわ』と一刀両断に切り捨てたのにはムッとしたが、実のところ自分でもそれなりに自覚があったので、悔しいというよりは“見透かされた”という気持ちの方が強かった。
まったく、溜め息が出る。
(俺が見ていたのは漫画の中の世界や登場人物じゃなくて、担当の顔色ばかりだったという事だな)
涼真は、本当に自分とは真逆だ。
彼は今まで、担当の顔色など気にした事も無いだろう。
見ているのは、常に、脳内で描く小説の世界だけだ。
しかしそれが、今回は大きな枷になっているらしい。
(まだ、テツヤには情欲していない……か)
涼真の中にいる勝は、テツヤと出会ったばかりだ。
ボロアパートで少し話したあと、偶然スタジオで知ったそのドラムの腕に惚れこんで、熱心に口説いている最中だ。
どっちがネコかタチかという以前に、まだセックスしたいという衝動までは湧いていない状態なのだ。
それなのに、ラブシーン、最低でもキスシーンまで入れろと注文を付けられては、苦悩するのも頷ける。
――――だが、それでは困る。
締め切りがしっかりと決められている以上は、必ず厳守しなければならない。
漫画家によっては『突然の急病』という事で落とすヤツもいるが、悠斗はそんな無様な真似は絶対に御免だ。
好きな事を仕事にして金を貰っている以上は、必ずやそれに応えなければ道理が通らないだろう。
それが、悠斗のプロとしてのプライドだ。
しかし今回は、一人の仕事ではない。
これは二人で達成しなければならない、必須の共同作業だ。
――――ならば、どうする?
意を決し、悠斗は口を開いた。
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