鬼屋敷

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「すまないね花純、今宵は三度の溜息を吐かせてしまって。退屈な余興を聞かせてしまったのかな。これでも僕は知らないふりをするのは得意でな。だかしかし、我慢は僕の性にはあわん。そう思わないかい?」 背中に吐かれる、太く低い強かな声が背筋を這う。 「いいえ、溜息だなんて吐いてません」 「そうかい、あれは退屈から出る息に違いなかったがな。花純、君は座頭家に借りを返さなければならない借金の肩代わり身分。これからも僕にそうやって歯向う気かい?」  廊下の軋む音が近寄ると、露骨な細い指が私の顎をクイッと持ち上げた。必然と顔が近くなり、じっと堪えた私は目を背けた。 「ここは座頭家、この屋敷の大旦那は僕。僕の命令に従う立場なんだ。幼馴染みとて君は永遠に僕の下女なのだから」 「はい」返事と共にゴックンと息を飲んだ。  小声で語りかけてくる弁口や見下す目線に、凛々しき見た目と相まった生き様は昔も今も健在だ。  切れ長の細目に形のよい鼻、細長い指に長髪、その横顔は天下の女形を醸し出す。大旦那でなければ妖艶な町役者にむく気品ある顔立ちは嫉妬もの。  今となれば才色兼備が似合う吟。妖都をまとめる大旦那。鬼に逆らう者は愚かとされ、実在するとしたならば私だけよ。  意味深な笑みを浮かべた吟は長着を打掛のように肩に羽織り、帯を軽く締めるだけの緩い身なりのまま背を向けた。  長髪の黒が夜風に靡くと、露わになる三日月形の二本の角が月明かりに照らされた。それを冷や板で這いつくばって凝視める私は思う。  認めたくなくても吟の歩く後ろ姿は立派な鬼頭。  以前のように、吟、だなんて呼べたもんじゃない。吟の中には昔の私は消えている。手を引いて山に登ったことも、鬼火で遊んだことも、親に叱られた私と一緒に家出した記憶……思い出を吟は消し去っている。思いやりも愛情も温かみさえ感じられないのだから。
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