雨降る夜に、私は誓う

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――現在――  結果、葵奈様は病魔に身体を蝕まれ重症化してしまったそうです。ですが、辛うじて一命はとりとめる事になり、病そのものは完治するに至ったのですが、後遺症は残ってしまい、両肺の機能を著しく低下させることになってしまわれました。  それは今もなお、悪化しつづけているのだそう。 「大丈夫ですよ、佳凪夜(かなよ)が居ますから、倒れても直ぐに飛んできてくれますものね」  佳凪夜とは私の名前であり、私は三ヶ月ほど前から葵奈様の身の周りの世話をする、侍女を務めており、今年でようやく十一歳を迎えました。  私は皇尊様を始めとした皇族の遠縁であり、五年前の流行病で、皇族のお子様方がことごとくお亡くなりなられてしまったこともあり、都に呼び寄せられたというわけです。 「葵奈様、私はこう見えて意外と忙しいんですよ。しかも要件を済ませて戻るたびに居なくなられては私の寿命も縮まります」  女である事と、まだ年若いこともあり私は教育の意味も込めて、同じ皇族であり高位にあられる葵奈様にお仕えすることになった所存。なによりそこには、天命を迎えつつある葵奈様に変わり『次代の斎乃媛候補』という意味もあるのですが……。  そんな私ですが、人手も少なく雑務をこなさねばならぬ事もあり、側を離れることもしばしば。 「そ、そんなこと、あ、ありませんよ。たま~に、すこ~し、出かけることがあるだけで……」  葵奈様は手にした檜扇で顔を隠し、身に纏う唐衣裳の衣擦れと共に視線を泳がせ後ろを向く。  葵奈様が五年前の流行病が席巻する最中、治療に勤め力を発揮した癒やしの力は、とても珍しい力であられ、本当に数多くの人々をお救いされました。 「葵奈様のお体は無理がきかないのですから、勝手に抜け出すのは辞めて下さいね。あまりに目に余るようなら、選任の女房をつけてもらいますからね」  癒やし手と呼ばれる力を持つ者は、人の身体を特別な力で癒やすことが出来る一方、自身の身体を癒やす事が出来ず、同じ癒やし手の力も持つ他の者の癒やしの力もその身が受け付けない。 「えっ……、佳凪夜は私の事が嫌いなのですか……」  十四、五歳程度で成長を止められた葵奈様は、少女の様な見目で悲しそうな目をこちらに向け、哀願するように手を握るので、思わずため息を吐いてしまいました。 「そんなことはありませんよ、でもあまりにもわがままを申すのであれば、私にはお勤めできないとご辞退するしかないというだけの話しです」  そんな特異体質をもつ葵奈様は、五年前に人々を救う中で、自らも流行病におかされながら治療しつづけたために、肺に完治できぬ後遺症を残す事になってしまったのです。 「うぅ、わかりました、大人しくしています……」  そう呟きながら、恨めしそうに雨空を見つめて、悲しそうになだれた後ろ姿を私に見せられておりました。  癒やし手の力は、自身以外の後遺症を持つ者達の破壊された臓器も、身体の仕組みを理解することで癒やす事は出来る。自らの身体は癒やせぬ葵奈様は、そんな身でありながらも、多くの人々の身体を癒やし続けたのだそうです。 「でも、雨は悲しい事ばかりを思い出してしまいますね、佳凪夜」  当時の事を聞き及んでいる私は、葵奈様のこの言葉に、言い知れぬ悲しみを抱くと共に視線をそらす事になってしまいました。 「そんなことも無いですよ、雨は多くの恵みをもたらしてくれます。それに、なによりやまない雨はないですからね」  私は、涙が溢れそうになるのを誤魔化すため、葵奈様に背を向けるように振り向きそう答えると。 「そうですね、恵みの雨。そう言われると雨もいいものですね」  と、後ろから明るい声が耳に届き、涙を拭い振り返った先には、嬉しそうに微笑まれる葵奈様がおられ、本当に心から嬉しそうされている姿が視線に入り、私は心を癒やされるのを感じました。 「葵奈様には、本当に癒やされますね」  葵奈様は、癒やし手の力だけでは無く、こうして多くの人々の心も救われてこられたのかと思うと、とても尊いお方であると心から感じてしまいます。 「それはそうですよ、私は癒やし手なのですからね」  と私の言葉に対し不思議そうに小首を傾げ、この方は本当に人を救うことに関して、どれほどの功績をされているのかを、自覚していないお方なのだなと思わず笑いを漏らしてしまいました。 「な、なんで笑うんですか佳凪夜、私へんなこといいました」  不満そうに頬を膨らませるその姿は、七百年もの永きを生きてこられたとは思えぬ、幼い表情で思わず可愛らしいと思ってしまう。 「なんでもないですよ、葵奈様、葵奈様はそうして葵奈様らしくしておられればいいのです」  私の言葉を耳にしてさらに不可解を覚えたのか、「私らしくってなんです、もう、全然分かりません……」と呟いておられます。  降り続ける雨音も、私には今はとても心地よく感じられ、穏やかな気持ちにになり、このつかの間の幸せを噛みしめ、思わず頬を緩めてしまいまうことになるのでした――。
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