雨降る夜に、私は誓う

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雨降る夜に、私は誓う

「雨、やみませんね……」  この都にある斎宮(いつきのみや)から覗む景色を眺めながら、斎乃媛(いつきのひめ)様はつぶやかれました。 「葵奈(あおな)様には丁度いいですよ、油断するとすぐ居なくなるのですから」  斎乃媛こと葵奈様の言葉に、私はため息をつきながら甘い和菓子を手渡すと、幼子のように嬉しそうな笑顔を見せて頬張ります。 「うー、だって閉じこもってばかりだと気が滅入りますから」  おいしそうに食べながらも、不満顔を見せ上目遣いで見つめてくる仕草は可愛らしい。葵奈様は、もう七百年もの永きを生きておられ、龍人族の血を受け継いでおられるお人。  ですが、見目は十四、五歳程度の少女のようであり、身体能力も見目と同様の年齢で止まっておられるそう。 「葵奈様は、もう少しお体を大切にしてください。またお倒れになってもしりませんよ」  その生まれは希有(けう)で、人の皇族と龍人の間にお生まれであり、国を納める皇尊(すめらのみこと)と同等の権力を持っておられるお方。  ですが、そんな永きを生きてこられた葵奈様のお体に、陰りが出たのは今から五年前に都を揺るがすことになった流行病。  葵奈様は、癒やし手と呼ばれる力をお持ちで、その力を使い病に苦しむ人々を数知れずお救いしたのだそうです……。 ――五年前―― 「葵奈様、このたびの流行病、なんとかなりますでしょうか……」  斎乃媛でありながらも、癒やし手として名高く、かつ七百年の永きにわたり医術の習得に努めてきた葵奈に、皆がすがるように人々が殺到していた。 「みなさん、落ち着いて下さい。事を急いてはいけません、状況から察するにお年寄りと弱年の方々の症状がひどいようです。まずはその方々の身体を看させてください」  それまでも葵奈は、初期症状と呼べる人々を何度か見てきており、今までに集めてきた知識を駆使し、症状を和らげることは辛うじてできたものの、完治には至らず手をこまねいていたのである。 「葵奈様、どうでしょうか……」  年若い皇族の皇子で、もっとも症状の重い者の治療にあたった葵奈は、困惑の色を表情に浮かべ思い悩む。今までに見たことの無い症状であり、あらゆる手を尽くすものの、完治に至らなかったのだ。 「七百年生きてきましたが、初めての症状です。ですが、そういうときだからこそ、過去の経験がいかされます。まずは、重病者を隔離してください。そして症状の無い方は決して近寄らぬよう」  葵奈は、自らも病魔に襲われることの無いよう衛生環境を整え、細心の注意を払いながら過去の経験をもとに、最善をつくして治療を続けていくことになるも、あまりに前例のない状況に疲弊していくことになる。 「葵奈様、皇尊様の二人の皇子様が、流行病にかかられたとか」  そんな折、葵奈のもとにそんな情報が入り、急ぎ内裏へとおもむき治療を行う事になっていた。二人の皇子は必死の葵奈の治療をあざ笑うように、悪化の一途をたどっていく。 「葵奈殿、我が子を特別扱いをされていては、他の者達の治療が行き届かなくなります。皆平等に看てやってはもらえぬだろうか」  多くの人々が救いを求める中で、二人の皇子を優先的に治療をしていた葵奈に対し声を上げたのは、他でもない父であり国を統べる皇尊であった。 「ですが、このままでは悪化する一方。治療の手を緩めれば、お命が……」  苦悶の表情を見せる二人の皇子を前に、葵奈は治療の継続を求めるも、皇尊は首を横に振る。 「皆、平等に看て頂きたい。たとえそれが皇子であろうと特別扱いをしては民衆に不満が募ることであろう。そうなってしまっては、世が乱れることになりかねない。  なにより、民達あっての国。民草が安寧に暮らせることが出来る世がつくれぬようでは、皇尊とはただの飾りにすぎない。民を救うことこそが、上に立つ者が成すべきことであろう」  その言葉に感銘を受けた葵奈は、人々を救うべく自らの身体を顧みず、全力を尽くすことになった。だが、それは、様々な弊害を生むことにもなってしまう。 「葵奈様、お二人の皇子様お亡くなりになったそうです……」  皇尊の命を受け、最前線で民達の治療にあたっていた葵奈の元に届いた言葉。その事に大いに嘆くと共に、今まで張り詰めていた心に隙が出来た葵奈は、身体を酷使していた反動もあり、吐血して倒れる事になってしまう。 「まさか、葵奈様まで倒れられることになるとは……よもや流行病におかされるてしまったのでは……」  この病気は、主に若年層と老年層に死者が多く、感染率が最も高いのも抵抗力の低い者達に集中している。十六、七歳程度の成人を迎えた者達には重症化する患者は激減し、重病患者の大半はそれより低年齢か高齢者であった。  そう、十五歳以下の者達は重症化してしまうのである……。 「葵奈様、ご容態はいかがでしょう」  梅雨を迎え、降り始めた雨が止む兆しの無い、湿り気のある昼下がり。  吐血した葵奈は、三日間寝込むことになり、そんな状態でありながらも治療に当たっている者達に、適切な指示を送っていた。そして、最もこの病気を理解してた葵奈は、気づいてしまう。 「ええ、随分よくなりましたよ。きっと過労でしょうね、明日にでも皆の元へ向かいますよ」  身体を起こし、看病にあたっていた従者にそう告げた葵奈は、ほほ笑み返す。従者はそれを確認し部屋を出ていき、葵奈は一人になる。 「そっか、そりゃそうですよね。私だけがかからないわけが、ないですものね……」  葵奈の身体は十四歳の時をもって成長を止めていた。この病魔への抵抗を持たぬ身で、前線で治療にあたっていた葵奈が無事であるはずがなかった……。 「私の身体はもう完治しない」  病気に打ち勝つことも難しく、もし重症化することがあれば、後遺症が残る事は必死。 「ならば、一人でも多くの人を救うだけ――」  この日、降り出した雨は夜中には激しい雨になり、それは数日降り続くことになっていた。  世を席巻する病魔が、まるで今この斎宮の屋根を打ちつける豪雨のごとく感じ、雨音が激しく響く自室で、葵奈は誓うのであった。 「やまない雨はないのですから、この病から必ず皆をすくってみせます」
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