お試し期間からできること

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 最上くんから告白された晩、私の報告に両親は対照的な反応を見せた。 「つき合うって、どこの誰と?」  (じん)パパが、夕飯のカレーライスをよそう手を止めた。目つきが鋭くなっている。いつもはフニャフニャした癒し系キャラなのに。  元々家事が得意だった仁パパは、医者の耀子(ようこ)ママがバリバリ働くために専業主夫として家事を一手に引き受けている。私の得意料理も、すべて仁パパから教わったものばかりだ。 「同じ学校の最上健吾くん。お父さんは普通の会社員で、お母さんは主婦だけど、パートで週三働いているんだって。三人兄弟って言ってた」  最上くんの言う「普通」は、私の家では普通じゃなかった。母親が毎日お弁当を作ってくれるとか、家族で食卓を囲むと兄弟三人でおかずの争奪戦になるとか、家の手伝いをしないとお小遣いがもらえないとか……とにかく、私の家では当てはまらないことだらけだった。 「あらぁ、アットホームなご家族じゃないの。最上くんはイケメンなの?」  珍しく早く帰ってきた耀子ママは、サラダを盛りつけている私の顔を覗き込んできた。 「耀子、男は外見じゃないぞ!」 「でも、見た目がいいに越したことないわよね?」  耀子ママはミーハーなところがあって、勤務先の病院や外出先で自分好みのイケメンを見つけると喜んでいる。はしゃぎ過ぎて、いつも仁パパに大人げないと叱られるほどだ。  だから、仁パパは耀子ママの主張を不満そうに聞いている。 「ウチのことも話したら驚いてたよ」  専業主夫と女医の取り合わせ、男性家事参加型のわが家のシステムは、最上くんの家とは好対照だった。 「東京での話はしたの?」 「まだ。お試し期間だし。別に嘘はついてないから」  私の答えに、仁パパも「そうだね」と頷いた。つき合い始めたとはいえ、相手になんでも打ち明けられるほど私は子供じゃない。  けれど、最上くんは私が東京に住んでいたことを知っていた。 『坂下(さかした)から聞いたんだけど、小林って東京から転校してきたんだって? アイツ、小林と同じ中学出身だろ』  たしかに坂下くんとは同じクラスだった。正確に言えば、同じ中学に通ったのは一年間だけ。  中学三年に進級した春。私は東京から、電車でも最低二時間はかかる田舎町に引っ越してきた。長閑で平和なところだけど、都会より噂話や詮索好きな人が多い気がする。 『私のこと、他に何か言ってた?』 『頭が良いって。テストは毎回上位三番以内だって聞いた。苦手なこととかないのか?』  駅で別れる直前に、最上くんの質問に答えが用意できなかった。虫は嫌いだし、サラダに入っているキュウリも好きじゃない。でも、最上くんが聞きたかったのはそういうことじゃないはずだ。二人にその話をすると、顔を見合わせて笑いはじめた。 「奈緒、あんた体育の成績は他の教科よりも低いじゃないの!」  たしかに体育はイマイチ。持久走の順位も後ろから数えたほうが早いし、瞬発力もない。 「長所も短所も、自分では気づかないものだからなぁ」 「……あ!」  仁パパの言葉に、最上くんへの答えが思い浮かんだ。
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