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相澤先生の声をかけに、私たちは「はーい」と返事をした後で、「お疲れ様です」とみんなで声を掛け合った。
(さて・・・私は、駅ビルにでも寄って帰ろうかな)
そんなことを考えながら、その場を立ち去ろうとくるりと後ろを向いた時。
「あ、そうだ、真木野」
相澤先生が私を呼んだ。
ここで働き始める前、先生と私は同じ病院の同じ診療科に勤務していたので長い付き合い。
その当時から、先生は私を「真木野」と名字で呼んでいる。
先生が独立する時、一緒に働いてほしいと言われたので、いわゆる引き抜きのような形で今はここで働いている。
先生の奥さんで、私の元先輩看護師・・・尊敬する里帆さんから頼まれたのも、大きなきっかけではあった。
「なんですか?」
足を止めて向き直ると、相澤先生は両手で「ごめん!」のポーズをとった。
「悪いけど、来週の土曜も出てくれないかな。巻田さんが、お子さんの土曜参観あるのすっかり忘れてたみたいでさ」
巻田さんは、土曜日だけ、私と隔週交代でクリニックに勤務している看護師だ。
看護師はもう1人、山下さんがいるけれど、基本平日午前勤務のパートだし、やはり結婚していて子どももいるので、できれば土曜日に仕事はしたくないだろう。
先生が、ちらっと私の顔を見る。
「・・・どうかな。連続で、申し訳ないんだけど」
「いいですよ。全然、大丈夫です」
返事をすると、先生はほっとしたような顔をした。
「そっかー。よかった!悪いな。今週勤務だったから、来週はデートかなって思ったりしてたんだけどさ」
先生は、私に屈託のない笑顔を向けた。
胸の奥に、ズキッと深い痛みが走り、震えた唇がそのまま言葉を発してしまう。
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