まちぶせ

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まちぶせ

 翌日、三人は昼過ぎにふらふらよろよろとお腹を抱えて学校を後にした。 「そろそろいいかしら」 「いいと思う」 「ふう~」  学校からかなり距離を取って、三人はようやくまともに歩き始めた。 「絶対怪しいと思われたと思うよ。こんな三人してお腹壊しましたので早退します、なんて」 「あら、家政科で美鶴さんが作ったカスタードプディングを食べたらお腹が痛いって言ったらなるほどそれは災難だったね、と先生に言われたわ」 「琴子……」 「それにしても抜け出すのは私一人で良かったのに、万喜さんに美鶴さんまで……」  今日は雄一と決戦……いや、話し合いを持つつもりなのだ。だから万喜や美鶴が付いてくる理由はない。 「でもあちらの学校まで距離あるでしょう。琴子さんは一人で都電に乗れないんじゃないかと」 「そこはなんとか……」 「万喜はなんとか理由をつけてギリギリまで側に居たいだけなのさ」 「ほら、都電の駅よ」  結局琴子は万喜と美鶴に手を引かれながら、えっちらおっちら都電に乗った。汽車と違い、町中をゴトゴトと進む都電の中はなんだか不思議な感じである。琴子には街が生き物のように動いているように見えた。 「きたはら……ゆういちさん……」  そしてこの都電の五つ先の駅に、雄一の大学予科がある。琴子は胸がもやもやした。どうしようやはり帰ろうか、と引き返したくなる。すると、美鶴が琴子の手をキュッと握った。 「大丈夫だよ」 「美鶴さん……」 「琴子の後悔のないように、今の気持ちのまま雄一さんに伝えるんだ」 「ええ……」  琴子は頷いた。そして都電を降りる。高いビルディングなんてあまりなくて緑が多い。少し東京の中心を離れただけで随分と鄙びた感じになるものだ、と琴子はあたりを見渡した。 「ほら、そこの木立なら少し影になって目立たないわ」  万喜が指す、林の木のあたりに三人は待機した。じっと雄一の通りかかるのを待ちながら、琴子はあることを思い出した。 「あ、万喜さん手鏡をお持ちかしら」 「ええ、あるけれど」 「貸してくださる?」 「ええ……」  そうして琴子は耳の上に先日買ったマーガレットのピンを挿した。 「ん、ありがとう」 「似合ってるわ」  おまじないという訳ではないが、琴子はそれでちょっとだけ強くなった気がする。そんなことをしている間に、見覚えのある人陰が見えた。 「あれ……」 「ああ、間違いない」  美鶴も頷く。琴子は二人を振り返った。 「じゃあ、行ってきます」 「ああ。万喜も私もここで見守っているからね」  琴子は意を決して、目をぎゅっとつむりながら道の真ん中に躍り出た。 「あ、あのっ……!」 「あ……」  恐る恐る目を開けると、そこには驚いた顔の雄一と見覚えのある雄一の学友たちがいた。 「お前!」 「……だまってろ、坂田」  最初に吠えたのは琴子に脛を蹴られた生徒である。雄一は一言でその生徒を制すると、視線を琴子に戻した。 「何か文句があればくるように言ったっけ……それとも……」 「文句は……ありません」 「そう……文句ではない……と」 「ちょっとお話したいことがあるんです。お時間をいただけませんか……北原さん」  琴子は思い切ってそう切り出した。 「おおっ、近頃の女学生は大胆だな」 「坂田、お前は本当に一言多いな。お前ら先に帰れ。俺はこの人と話すことがある」 「えっえっ……?」 「……この人は俺の婚約者だ」 「えええっ?」  目を白黒させている学友達を置いて、雄一は先に進んだ。琴子はその後を追いながら、こっそりを後ろを振り向く。すると万喜と美鶴が小さく手を振っていたのでこちらも小さく振り返す。 「あの、いきなりすみません」 「いえ……」  それきり沈黙が訪れる。雄一は前をずんずんと歩いていく。 「あの……」 「この店でいいですか」  そこはなんの変哲もないあんみつ屋だった。 「……ええ」  そしてその時、琴子は雄一の耳が赤くなっていることに気付いた。 「ごめんなさい、私のせいでご学友にからかわれてしまったわ」 「それは……別に……とにかく入りましょう」 「ええ」  二人はあんみつ屋に入ると、みつ豆とあんみつを頼んだ。 「改めて……北原雄一です」 「あ……天野琴子です」  雄一と琴子はぎこちなく会釈した。そんな二人の前にあんみつが出てくる。 「あ、甘いものは好きでしょうか」 「まあ嫌いではないです」 「そうですか……」  琴子はいったい何から切り出したらいいのか、と考え込んでしまった。とりあえず縁談の事から切り出すべきか、そんな風に迷っていると雄一が口を開いた。 「日曜日、自宅に帰ったら縁談の話を聞かされました。……驚きました」 「私もです」  琴子がそう答えると、雄一はじっと琴子を見て聞いて来た。 「どう思いましたか?」 「あのっ、そうですね……うちは父が田舎にいて、東京の家の兄から……最初、北原さんのお名前を聞かずに縁談の話だけ聞いて……まだお嫁入りは嫌だ、と思いました」  雄一は丁寧にみつ豆を掬い口に運びながら琴子の話を聞いていた。そんな雄一が口を開く。 「それから俺の名前を……?」 「ええ……」 「そのっ、ご無礼をしまして……破談もやむなしと思っております」 「俺は……ちょっと嬉しかったですけどね」 「え……」  琴子は雄一の言葉を思わず聞き返した。 「坂田に言い返す天野さん、あんたの度胸は大したものだったなと思って」 「それは……」 「でも、そちらがいやなら仕方ありませんね。なんとかこちらから断ります」  雄一が立ち上がろうとする。琴子はその手を思わず掴んでいた。 「待って! 違うの……」 「あ……」 「あっ」  琴子は雄一の手を思わず手放した。 「わっ、私、いっぱい考えたんですけど、北原さんの事が嫌なのじゃなくて……その……お嫁入りや、婚約することで東京観光がこれ以上できないかと思うと嫌なだけなんです」 「……ふ」 「ですから北原さんは悪くないので……えーと……」 「ふふふ……はっはっは……」 「な、なんで笑っているんです!?」 「いや……俺と似たような事を考えていたんだなぁと」  雄一は席に座り直した。そして琴子を真っ直ぐに見つめ直すとこう言った。 「俺達は気が合うかもしれませんね」  その言葉に、琴子の顔は真っ赤に染まった。
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