縁談のゆくえ

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縁談のゆくえ

 それから清太郎が何度も先方に連絡し、顔合わせをするはずだった日曜日に話し合いの日が設けられた。 「とりあえず申し開きの機会を与えられたって感じだ。おまけに父上もやって来るそうだ。琴子、週末までは真っ直ぐに家に帰ってきなさい」 「ええ……?」  これでは何があったのか確かめる為に雄一に会いに行くこともできない。 「はあ……」  教室で物憂げにため息をつく琴子を見て、万喜は怒りに震えていた。 「許せませんわ……琴子さんをこんなに翻弄して……!」 「何か行き違いかな。琴子には思い当たることはないんだよね」 「無いです……」 「うーん」  おまけにもう日もないのに身動きもとれない。 「美鶴さん、万喜さん。せめてこれを雄一さんに渡してきてくれませんか」  琴子は昨日夜中に書いた雄一への手紙を取りだした。チャンスがあれば本当は自分で渡したかったのだが、もう時間がない。 「……分かった」 「あ、これも……」  琴子は髪からマーガレットのピンを外して手紙に添えた。これなら自分からだということがきっと伝わるだろう。 「わかった。渡してくる」  美鶴は手紙を受け取るとこくりと頷いた。そんな感じでろくに身動きもとれないまま、日曜日がやってきた。  一張羅の振り袖を着て着飾ってはいるものの、琴子の心は曇り空である。 「ここか! 清太郎! 琴子!」  そこに大声でずかずかとやって来たのは父の雁之助であった。 「お父上、お早い起こしで……」 「当り前だ! 琴子はどこだ!!」  玄関先からもう、父が怒りまくっているのが伝わってくる。琴子は廊下の端から恐る恐る顔を出した。 「ここにいます……」 「ばっかもんがーー!!」 「ひっ……」  その途端に父の怒声が飛んできた。その後ろを清太郎が慌てて追いかけてくる。 「ま、待ってください父上!……琴子は、琴子は破談になる覚えがないそうで……」 「この琴子が大人しくしている訳がないだろう! きっとどこかで粗相をしたに決まってる」 「ぐ……」  さすが父親と言うべきか。清太郎が必死に伏せていた部分も父はぴたりと当ててみせた。 「まあ、でも話し合いまで待ちましょう。まだ破談が決定したわけじゃありません」 「む……う……そうだな……」 「さ、ここで言い合いをしていたら遅れてしまいます。北原の家に急ぎましょう」  むっつりと今にも爆発しそうな父と人力車に揺られて、琴子たちは北原家へと向かった。 「お待ちしておりました」  三人を出迎えてくれたのは北原雄一の父定一……父、雁之助の友人である。 「どうも久し振り」 「ああ、とりあえず応接間へ」  三人は洋風の応接間に通されてそこのソファーに座った。立派な調度品に琴子の目は奪われた。 「琴子、きょろきょろするな」 「あ……はい」  清太郎が琴子の脇をつつく。琴子はじっと俯いた。 「お待たせした」  そしてやって来たのは雄一の父と母、そして雄一本人である。雄一は琴子と一瞬目が合うと、ふっと表情を崩した。琴子にはそれがどんな感情なのかよく、わからなかった。 「天野さん、この度はお越し戴き、申し訳ない」 「ご託はいい。早く本題に入ろう」 「あ、ああ……」  雄一の父が口を開くと、雁之助はピシャリと言い返した。ぴりぴりした空気が場に広がる。 「そうですね、その……そこの琴子さんとの縁談ですが無かったことにして欲しいのです」 「理由は」 「その、お互い他にふさわしい相手がいるのではと」 「理由になっとらん! 琴子のなにが一体駄目なのだ。まぁ少々お喋りであるが、炊事裁縫も一通り、東京の女学校にも通わせて……」  琴子は怒りながら親馬鹿を発揮している父が少し恥ずかしかった。ちらりと向かい側を見ると、雄一の父が困ったような顔をしていた。 「申し訳ない……」 「だからなんなのだ!」  父、雁之助がまた怒鳴った時である。向かいに黙って座っていた。雄一の母が急に立ち上がった。 「他の殿方と交友なさるようなお嬢様とうちの子を見合わせる訳にはいきません!」 「……は? 他の殿方?」  琴子は思わず聞き返してしまった。殿方……他の殿方……?  「なんのことでしょう」 「この娘はしらばっくれて!」 「私、殿方とふたりっきりになったのは雄一さんだけです」  琴子ははっきりと答えた。 「縁談が決まって、雄一さんの考えが知りたくて一度だけ会いにいきました。……そのことでしょうか」 「いいえ! 息子の顔を見間違える母が居ますか!!」 「……ん?」  その時ではない、ではいつだろうか。琴子には思い当たる殿方がいない。 「ぶっ……」  すると、誰かが吹き出す声がした。見ると雄一が肩を震わせて笑っている。 「雄一!」 「こら、お前。失礼な!!」  次々に浴びせられる罵倒も気にせず、雄一は笑っていた。 「くくく……あははは……、ちょ、ちょっと待ってくださいね」  そしてよろよろを部屋を出た。そしてすぐに戻って来ると誰かを連れて来た。 「母上、その殿方とは彼ですかね?」 「どうも」 「あっ、美鶴さん!?」  そこに立っていたのは美鶴だった。いつも通りの男装である。 「え、ええ……」 「雄一さんのお母様、残念ながら私は女です」 「ええ……?」  雄一の母が悲鳴じみた声を上げた。 「ということは琴子さんは殿方と交友なんて持ってないってこと。縁談はこのまま進めてください。以上! さあ、琴子さん、行きましょう」  そう言って雄一は琴子の手を引いた。
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