六月の花嫁になる君へ

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六月の花嫁になる君へ

 その知らせを受けたのは、唐突だったね。  庭に咲いている紫陽花が、色鮮やかに染まりはじめた頃に、その知らせは届いたよ。  結婚するよ。  何気ないその一言に、僕がどんな気持ちだったか判るかな。  君がこの家を出て行ってから、もう幾月日がたったのだろうか。  僕が一番鮮やかに思い出せる君の姿は、えくぼが可愛い幼い笑顔で、その報告がもたらした『ウェディングドレス』のイメージがどうにもちぐはぐに思えたんで、なんだかとっても不思議だったんだよ。  久方ぶりに帰ってきた君は、背の高い男と一緒だった。歳は君より幾つか上で、茶色に染めた髪が、正直に言えば多少気にはなったんだ。いや、僕だって判っているつもりだよ。今時その程度の染色は、あたりまえだってね。  でも、悪い気はしなかった。彼は僕の前にきちんと座り、丁寧に頭を下げた。まだ『着られている』といったほうが的確なスーツ姿だったけど、その真摯な表情に合格点をあげよう。  君も、成長していたね。小花が散った愛らしいワンピースだったけど、そのおなかがほんの少しぽっこり出ているのを見て、僕は目を丸くせんばかりに驚いたもんだ。  なんだ、子供までいるのか?  なんだかとっても不思議に思えたよ。  君が君のお母さんのおなかにいるときに、僕は何度おたおたしたか判らないよ。やれ、つわりだ、なんだ、となっても、僕に出来るのはおたおたすることか、君のお母さんの背をなでる事だけだったからね。  その君がこの世に生を受けた時の、あの時の気持ちが、どれだけのものだったか。もう何年も、何年も前のことなのに、色鮮やかに思い描けるんだ。  そう、今庭で咲いているあの紫陽花のようにね。  僕と、君のお母さんからの命が、君という一つの形になって、この世界に生れ落ちた。その事実は、僕の中で、君のお母さんの中で、いつまでも鮮やかに咲き続ける、奇跡という名の花なんだよ。  その、僕と君のお母さんから繋がった命が、君で、その君と、君の隣にいる彼との中でまた繋がって、君のおなかの中に奇跡の種として息づいている。  命のリレーを、見ているんだね。  僕の命は君に受け継がれ、君の命は君の子供に受け継がれる。そうやって命は、続いてきたのだろう。  ごらん。雨上がりの虹が、空に架かっているよ。紫陽花の葉についた水滴が、キラキラと輝いている。  でも、ね。君の頬を伝う雫のほうが、ずっとずっと美しいと思う。  僕は、そんな風に思うよ。  その雫を拭ってやるのは、もう僕の役目ではない。君の隣にいる、彼の役目だね。  これからきっと、いろいろあるだろうけど、紫陽花よりも、虹よりも、雨上がりの空よりも、何よりも輝いた道を、君たちが歩いていけるように、僕はこの場所から祈っていよう。  ありがとうなんて言葉は、くれなくていい。  僕は君に、何もしてやることは出来なかったから。  君の子供を抱いてやることも、叶わない。途切れた命は、もう戻らないから。  だからこそ、祈っているよ。  幸せになれ。  僕の途切れた命は、君の中で、君の子供の中で、永遠に生き続けるのだと信じていよう。  命よ、永久に。  紫陽花よりも、鮮やかに。七色の虹より、輝かしく。雨上がりの空よりも、希望に満ち。  そんな道を、君たちが、歩めるように。  六月の花嫁になる君へ。  これが、空にいる僕からの、最期の、最大級の愛を込めた手紙です。  この広い、広い世界で、たったひとりの、僕の愛娘への、愛の言葉です。 ――Fin
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