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「何だって?!」 驚いた拍子に、コーヒーカップを持つ手から力が抜けた。カップの底とソーサーがぶつかる耳障りな音がする。 「えっと…だから…私、今夜は外泊するって伝えてきたの」 問い返す僕の視線を避け、薫はモジモジと俯いて小声で恥ずかしそうに話す。 ああ、道理で。 僕は先刻の社長夫妻の言動に合点がいった。 二人で手続きした入籍を報告するため、今日は薫の両親が待つ邸宅に訪問した。お茶を頂き歓談した去り際、社長は 「これで、祐真君も関口家の一員だな。早くもっと人数が増えると良いな」 と意味深に僕に笑いかけ、奥さんは 「籍を入れたばかりで気が早いわね」 と顔をしかめたのだった。 それから今、僕と薫は外資系ラグジュアリーホテルの最上階レストランで、食後のスイーツを堪能している最中だった。 何故いつも、彼女は食事の時に爆弾発言をするのだろう!? 「…部屋を取りますか?」 当惑しながらも携帯を操作し始めた僕の手首を掴み、彼女は 「私、祐真さんのお部屋に行きたい」 そんな時だけ僕の目を捉えて言う。 あ~全く、このお嬢さんは! 僕がどんなに我慢してたと思うんだ! お上品なホテルの部屋ならお上品なセックスが出来るかもしれないが、いきなり自分のテリトリーに入れたら歯止めが効かなくなるのに! 今まで僕らは小学生の様なデートを重ねてきた。 それは、薫が持つ清楚な雰囲気に気後れして手が出せなったせいもあるが、彼女を溺愛している両親の目が多分にあった。 門限を気にした近郊の水族館や動物園など、明るい日の光の下での逢瀬。唯一、水族館の暗闇で啄む様なキスをした位か。 僕には呼べる親族がいないので、結納は無し。披露宴もなし。 ただ、ごく親しい友人だけを招く式を挙げる予定だ。関口家から不満が出ないのは、長男の不在が理由の一つだと思われる。 入籍後はデートで帰宅が遅くなっても、五月蠅く言われないだろうと思ってはいたが…まさか今夜、彼女から言い出すとは。 「良いですよ、行きますか」 僕は微笑む。 差し出されたご馳走は有り難く頂くとしよう。腹を空かせてた分、食い散らかさなきゃ良いが。
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