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その日は珍しく寝坊してしまい、弁当が作れず外食だった。天気が良かったので、カフェのテラス席で少し早いランチを取っていた。
「あら?岸田さん?」
頭上から声がし卓上に影が出来たので、顔を上げると薫さんがいた。食べていたパスタに咽せてしまった僕に彼女は慌てて、
「ごめんなさい!お食事中」
僕は急いで紙ナプキンで口を拭き、体裁を取り繕う。
「こんにちは。お一人ですか?」
「こんにちは。ええ、父のところへ行く途中なの、相席いいかしら?」
「どうぞ」
今日はなんて良い日だ。
薫さんはサンドイッチと紅茶を注文し、じっと僕を見た。
「珍しいですね。岸田さんが外食なんて」
「えっ?」
「父が申してました。岸田さんはお弁当派だから誘い甲斐がないと」
「そんな…今日は社長とランチしなくていいんですか?」
「はい。先日のお見合いお断りする旨を、父に伝えるだけだから…家だと何かと母が五月蝿くて」
「……」
僕はフォークにゆっくりとパスタを絡める。無性にナポリタンが食べたくなって、家でも簡単に作れるメニューなのに頼んだ。さっきまで口にしていた美味しさが、彼女を前に感じられない。
「岸田さんは…今、お一人?」
「?」
質問の趣旨が分からず、戸惑った顔を彼女に向けると
「…どなたか気になっている方とか、いらっしゃる?」
恥ずかしそうに俯きながら、彼女は小声で尋ねてきた。思わず『目の前にいます』と言いたい衝動を堪える。ウェイターが紅茶を持ってきて、砂時計を逆さにした。
「いえ、特に付き合ってる女性はいませんが」
僕の答えに薫さんはあふれんばかりの笑顔を浮かべたと思ったら、急いで表情を引き締め通りに目をやった。紅茶が苦くなりますよと声をかけようとした時、彼女は意を決した様に僕を見た。そして、
「岸田さん、私とお付き合いしませんか?」
唐突な彼女の申し出に喉が渇く。僕はセットのアイスコーヒーで潤した。
「…なんでまた、私と」
彼女は優雅に紅茶を注ぎ、
「両親が持ってくる縁談相手は…皆さん怖くて」
話の意味が分からず、僕は会話を促す視線を彼女に送る。
「ガツガツしてるというか、我が家の資産狙いが透けて見えて…」
そりゃそうだろう。
婿養子になり会社の将来を託される。半ば政略結婚みたいなモノだ。
僕は初めて、そんな甘ったるい事を言ってる薫さんに反感を覚えた。
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