~サヨナラパパ、ママ~

1/1
62人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ

~サヨナラパパ、ママ~

同居生活一日目、彩華は自分の荷物を取りに自宅に戻る。紗絢は心配で、近くまでついてきていた。  両親に紗絢の家にいる事は、結局手紙にして置いてくる事に決めた。  彩華が、メールしても見てくれないからと言うので、なら手紙にして置いてくるように言ったのだ。  紗絢の家に住む事の条件が、両親に居場所だけは、必ず伝える事だったからである。  彩華が、荷物を取りに行っている間、紗絢は、ずっと彩華の事を考えていた。  (彩華ちゃん、これから大丈夫かな?学校でも、一人って言ってたし......)  正直自分に何が出来るかわからないけど、それでも、自分といる事で辛い思いを悲しい思いをしないで済むなら、ずっと彩華と一緒に居ようと思う。  彩華の辛い顔、泣いている顔は見たくなかったし、美人の彩華には、笑顔が似合うと素直に思うから。  「紗絢さん、お待たせしました」  考え事をしていて、荷物を持って戻ってきた彩華に気づかない。  「紗絢さん?」  やっぱり気づかないので、彩華は紗絢の頬をツンツンしてみるが、紗絢は気づかないので、仕方なく紗絢に抱きついてみる。  大人しい彩華は、こんな事をする子ではないが、紗絢に抱きつきたくなってしまったのだ。  彩華に抱きつかれて、流石に気付いた。  「あ、彩華ちゃん!何してるの?」  「やっと、気づいてくれました。全然気づいてくれないから、抱きついてみました♪」  「気づかなかったのは、悪いけど、抱きつくのは、ちょっと」  「やっぱり、嫌ですか......」  彩華は、シュンってなってしまう。  今さっき、彩華の悲しい顔を見たくないと考えていたばかりで、悲しい顔をさせてしまった事に後悔して、「そんな事ないよ。ちょっと恥ずかしかっただけで」と言うと、彩華の頭を撫でる。  彩華は、嬉しそうに微笑むと歩き出す。  紗絢は、そんな彩華を見ながら彩華の横に並ぶと一緒に歩き出す。  「彩華ちゃん、一緒に暮らすにあたって色々聞きたいんだけど、いいかな?」  「はい、大丈夫です」  「色々聞く前に一つ、敬語は無しでいいよ。一緒に暮らすんだし、普通に話してくれた方が楽だし」  「で、でも」  彩華が中々うんと言わないので、紗絢はわざと悲しそうな顔をして言う。   「嫌なの?私、彩華ちゃんに普通に話して欲しかっただけなのに......」  わざと俯いて、泣きそうな顔までする。  「い、嫌じゃないよ!だから泣かないで、紗絢さん!」  彩華が、慌てているのが可愛くて、更に上目遣いで、本当に?と追い討ちをかける。   「本当に、本当だから!」  彩華が、興奮気味に言うので、紗絢は良かった♪と笑顔で言うと、何故か彩華は真っ赤な顔をして俯いてしまった。  紗絢は、彩華ちゃんどうしたんだろう?と思いながらも、質問をする。  「彩華ちゃんって、料理や掃除は出来る?あと嫌いな食べ物とかあれば教えて」  「掃除は、出来るけど料理は苦手かも、嫌いな食べ物はないかな」  「なら、彩華ちゃんはお掃除担当だね。料理は、私がするから」  「うん」  「あと彩華ちゃんって、何カップ?」  「えっ?」  「だから、胸のサイズ、何カップかなって思って、昨日私のパジャマ着てるの見て、胸大きいなと思って」  「それって、必要な情報?」  彩華が、当然な疑問を口にする。  「必要だよ!ブラ買うときに、サイズわからないと困るし!」  何故か、紗絢が力説するので、彩華は仕方なく答える。  「えっと、Dカップだけど......」  「Dカップ!はぁ~最近の若い子は発育いいんだね」  自分も、まだ24歳なのに紗絢は溜息をついている。  「最近の若い子って、紗絢さんだって、まだ若いしって、私の聞いたんだから、紗絢さんも教えてよ!」  「Aカップ......」  紗絢が消え入りそうな声で答える。  「紗絢さん、聞こえないよ、もう一回言って」  「だから、Aカップだよ!どうせ胸ないよ!ストーンだよ!まな板ですよ!」  紗絢が、焼けになって答えると彩華が紗絢さんAカップなんだと何故か嬉しそうにしている。  紗絢は、そんな彩華を見て頭の上に?を浮かべていた。  そんな他愛もない会話をしながら、家路に向かって行く途中で、大切な事を聞いていない事に気付いて、紗絢は彩華に聞く。  「そう言えば、ちゃんと手紙置いてきた?」  「うん。紗絢さんとの約束だから」  「そっか、それと......」  危うく、両親とは会えたの?と聞きそうになったが、何とか踏みとどまる。彩華に悲しい顔をさせないと決めたから。  「それと何?」  「お家帰って、荷物置いたら必要な物を買いに行こうって思って」  咄嗟に誤魔化してしまう。 「あんまりないから大丈夫だよ」  「本当に?」  紗絢は、疑いの眼差しで彩華を見る。何故なら、彩華の荷物は通学鞄と、中位のキャリーケース一つだけだからである。  流石に全て持ってくるのは無理だとしても、女の子の荷物にしては、少なすぎると紗絢は思った。  「本当だよ!」  「なら、帰って足りない物あれば買いに行こう」  「うん」  紗絢は、そう言うとお昼何作ろうかな?と楽しそうに話している。そんな紗絢を見て、彩華は、心から紗絢に感謝していた。  昨日初めて会った女の子に、家に居場所がないから、ここに置いて下さい!と言われて、戸惑いながらも、OKしてくれた、普通なら置いてくれないのが、当たり前なのに。  優しい紗絢に本当に感謝していた、そしてもっと紗絢の事が知りたくなっていた。  彩華は、紗絢の家に帰る迄の間、ずっと紗絢の事を考えていた。紗絢の話にも器用に答えながら。  (紗絢さんって、恋人いるのかな?どんな仕事してるんだろう?私を好きになってくれるかな?)  彩華は、昨日初めて紗絢を見た瞬間から、紗絢に心を奪われて、そして紗絢を好きになっていた。  (もし、私が紗絢さんの事好きって言ったら、紗絢さん嫌がるかな?)  そんな事を考えていたら、どうやら俯いて暗い顔をしていたらしく、紗絢が心配そうに見つめてくる。  「彩華ちゃん、どうしたの?何か悩み事でもあるの?ハッ!もしかして、私が彩華ちゃんに変な事するとか心配になった?安心して、そんな事しないから!」  紗絢が、見当違いな事を言ってくる。  「ごめんなさい。ちょっと考え事してただけで」  「禁止!」  「えっ?」  「だから、ごめんなさい禁止!」  「ごめんなさい」  「だから、ごめんなさい禁止!昨日も話してて思ったけど、彩華ちゃんすぐごめんなさいって言う。ごめんなさい禁止!わかった!」  「ごめんなさい」  「だ~か~ら~次ごめんなさいって、言ったら怒るよ!わかった?わかったなら返事!」  「は、はい!」  彩華が、素直に返事すると、紗絢は嬉しそうに、彩華の頭を撫でる。  彩華は思った。紗絢さんって、不思議な人だなって、優しいだけじゃなくて、私の事を真剣に考えてくれる。  今まで、出会った人とは、全く違うタイプの人だと思った。  紗絢の家に着く。  「今日から、ここが彩華ちゃんのお家だよ。狭いから専用のお部屋ないけど、好きに使ってね」  「うん、ありがとう♪」  今日から、毎日紗絢と居れると思ったら彩華は喜びを隠しきれずに、ニコニコと笑顔になってしまう。  「やっぱり、彩華ちゃんには、笑顔が似合うね」  「あ、ありがとう」  「荷物を片付けてしまいますか」  「うん」  紗絢は、洋服はここに入れてねと言いながら、片付けを手伝ってくれる。  片付けは、すぐに終わった。彩華の荷物は、勉強道具と洋服や下着が僅かと百合本だけだった。  百合本が一番多かった。  「本当に、百合好きなんだね」  「本当は、全部持ってきたかったんだけど、流石に全部は無理だから、お気に入りとまだ読んでないのだけ持ってきたの」  「そっか、ってやっぱり洋服や下着足りないじゃない、お昼食べたら買いに行こうね」  「大丈夫だよ。洗濯するし、私学校以外殆ど出かけないから」  「駄目!女の子なんだから、洋服と下着位ある程度持ってないと」  「でも......」  「心配しなくても、私が買ってあげるから、私のじゃ小さくて、洋服も下着も合わないし」  買ってあげるで、彩華は思い出した。紗絢に渡そうと思っていた物を。  「あの、紗絢さん、これ」  「何?」  彩華は、紗絢に通帳を渡そうとする。  「これは何?」  「あの、私の全財産、お年玉とか貯めてたの、住まわしてもらうから」  紗絢は、見る見る不機嫌になっていく。  「そんなの必要ない!」  紗絢は、怒り口調で言う。  「でも、住まわしてもらうから......」  「だから、必要ない!それは、彩華ちゃんの将来の為に大事に取って置くか、自分の為に使いなさい!わかった!」  「で、でも......」  紗絢は、不機嫌な顔をすると、彩華から顔を背けて、受け取ろうとしない。  彩華は、どうしていいかわからなくて、おろおろしてしまう。  すると、紗絢が優しい口調で話し始める。  「あのね、彩華ちゃん。確かに私は、裕福じゃないし、給料だって結して良いとは言わないけど、彩華ちゃんと二人で暮らしていく位のお金はあるし、そのお金は、彩華ちゃんが欲しい物を買ったり、将来の為に取って置いて欲しいの。わかる?」  彩華は、何も答えない。すると紗絢は、優しい眼差しで、まるで子供に諭す様に彩華に話す。  「彩華ちゃんの気持ちは、嬉しいけど、それは、彩華ちゃんが貯めたお金なんだから、私は、彩華ちゃんに使って欲しいの、わかる?」   彩華は、こくんと頷く。それを見た紗絢は、嬉しそうに目を細めた。  「今日は、私が買ってあげるからね。毎回は、無理だけど欲しい物ある時は、ちゃんと言ってね。わかった?」  「うん。紗絢さんありがとう」  お昼は、紗絢の作った、パスタを食べた。  「それじゃ、早速お買い物行きますか」  「うん♪」  二人は、駅前のショッピングモールに来ていた。洋服から雑貨や本や家電と大半の物は揃うので、とても便利だからである。  まずは、ランジェリーショップに向かう。紗絢は、洋服もと言ったが、ファッションはわからないし、さすがに申し訳ないので断った。紗絢は残念そうな顔をしていたが、諦めてもらった。  ランジェリーショップに着くと、紗絢は早速、彩華に似合いそうな物を物色しだす。  「これも、いいなぁ~あっ!でもこっちもいいなぁ~、彩華ちゃんは、どんなのが好きなの?」  紗絢に聞かれて、正直困ってしまう。どんなのと言われても、今までは、安ければいいやで買っていたので、正直言ってわからないのである。  「どんなのって言われても、わからないし」  「なら、私が選んでいい?」  「うん」  「任せてね。彩華ちゃんに似合う可愛いの選ぶから♪」  何故か、嬉しそうに選んでいる。  「はあ~やっぱり羨ましいな~胸大きいの羨ましいな~」  などと独り言を言いながらも、真剣に選んでくれる。  暫く待っていると、紗絢が幾つか持ってやって来る。  「取り敢えず、試着してみて」  そう言うと、彩華に渡す。彩華は素直に試着室に入り試着する。  試着室の外から、サイズ大丈夫?と紗絢が聞いてくるので、大丈夫だよと返事をする。  どれも、今まで彩華が買った事がない可愛いデザインの物だった。  試着を終えて、試着室を出ると、早速紗絢が聞いてくる。  「どうだった?」  「どれも、可愛くて、選べないよ~私今まで、こんな可愛いのした事ないし」  「なら、全部買おう♪」  そう言うと、紗絢は、レジに向かう。さすがに、それは申し訳ないので、一つでと言おうとしたけど、紗絢は既に全てレジのお姉さんに渡していた。  お会計を終えて、お店を出る。  「ありがとう。でもこんなに良かったの?」  彩華が申し訳なさそうに、聞くと紗絢は、いいのいいのと、言って嬉しそうにしている。  嬉しそうな紗絢の顔を見ていると、これ以上何も言えなかった。  (紗絢さんからの、初めてのプレゼント♪)  彩華は、嬉しさのあまりに危うく鼻歌を歌いだすところだった。  「他に見たいお店ある?」  「えっと、本屋さん、紗絢さんは?」  「私は、食品売り場かな、そろそろ冷蔵庫の中身なくなるし」  紗絢の話を聞いて、私も料理出来る様にならないと、料理の本も買おうと彩華は思った。  「先ずは、本屋さん言って、その後にお茶でもして、最後に食品売り場でいい?」  「うん♪」  本屋での買い物を終えると、二人はカフェで、休憩を兼ねてお茶をしていた。  紗絢は、カフェオレで彩華はキャラメルマキアートを飲んでいる。  「彩華ちゃん、何買ったの?」  「えっと、好きな作家さんの新作♪」  「やっぱり百合本?」  「うん♪」  「本当に好きなんだね、今度読ませてね」  「好きな時に読んでいいよ。私が持ってきたのも」  「ありがとう。お休みの日にでも、読ませてもらうかな」  紗絢には、言ってないが彩華は、料理の本も買っていた。紗絢に自分の手料理を食べてほしくて。  「紗絢さんは、どんな本買ったの?」  「私は、PC関連の本かな、仕事でパソコン使うんだけど、私パソコン苦手だから、いっつも上司に怒られてばかりだから、少しは勉強しないとね」  「パソコン、私も全然わからない」   「最近、パソコン使えるの当たり前だから、いっつも上司の鈴木音さんって言うんだけど、音さんに怒られてばっかりだよ」  「そんなに、怒られてるの?」  「自慢じゃないけど、怒られない日がないって位に怒られてるよ」  「嫌にならないの?」  「う~ん。そうだね、たまにはなるけど私正直なりたい職業なかったから、高校卒業して、今の会社に入社してからも、惰性で来た感あるけど、でも音さん見てるとね、音さんみたいになりたいなって思って」  彩華は、見たことない紗絢の上司の音に嫉妬していた。サイトで、出会ってからでも、まだ二週間ちょっとだから、紗絢の事を殆ど知らない。  でも音は、もう何年も紗絢と仕事とは言え付き合いがあり、私の知らない紗絢を知っていて、紗絢が憧れる存在である音に。  「その、音さんって、どんな人なの?」  「どんな人って、そうだね、一言で言うとキャリアウーマンだね。大学卒業して、入社したみたいなんだけど、仕事をバリバリこなして、まだ若いのに既に部長なんてやってる凄い人かな。仕事出来ない私とは大違いだよ」  目を輝かせて、話す紗絢を見ていると、更に音に嫉妬してしまう。  まだ高校生で、子供で、一人では何も出来ない私と違って、バリバリ仕事をこなす音さん。  紗絢の憧れの人。やっぱり紗絢も、私みたいな子供じゃなくて、音みたいな大人がいいのかなと考えてしまう。  男性とお付き合いすると言う概念のない、彩華の中では既に紗絢は女性が好きだと思われていた。  実際紗絢は、女の子大好きなのだが、まだ彩華に話していないので、彩華は知らないはずなのにである。  そんな事は、露と知らずに紗絢はカフェオレ美味しいと呑気に喜んでいる。  彩華は、紗絢の事を知りたくて思い切って聞いてみる事にした。  「あの、紗絢さん」  「何、彩華ちゃん?」  「紗絢さんは、その音さんが好きなの?」  紗絢は、意味がわからないといった感じで目を丸くして、彩華を見て質問する。  「えっと、好きってどういう意味で?」  「だから、紗絢さんは、恋愛対象として音さんを見ているの!って話」  見ているの!を強調して、彩華が言う。  紗絢は、ドキッとした。確かに私は女の子が好きだけど、彩華には、まだ話していない。さすがに昨日初めて会った彩華には話せない。なのに音を恋愛対象としてって、私が女の子好きなの、既にバレてるのかなと焦ってしまう。  何も答えない紗絢に彩華は再び同じ事を聞いてくる。    「紗絢さんは、音さんが好きなの?」  大人しい性格の彩華とは思えない勢いで、顔を近づけて真剣な眼差しで、そして不安気な表情で聞いてくる。  紗絢は、意味がわからなかったが、正直に答える。  「それはないよ。確かに音さんに憧れてるけど、あくまで上司として、女性としてであって、音さんを恋愛対象として見てる訳じゃないよ」  「なら、恋人はいるの?」  彩華は、今度は恋人いるのかと聞いてくる。どうしたんだろうと思いながらも、こちらにも素直に答える。  「恋人もいないよ。いたら正直に言うよ、だから心配しなくても大丈夫だよ」  それを聞いて、彩華の表情が元に戻る。紗絢は、よくわからなかったが、彩華を安心させたくて、もう一度大丈夫だよと伝える。  彩華は、更に質問してくる。  「なら、今までどんな人と付き合ってきたの?」  何か積極的だなと思いながらも、隠す必要ないしと思って、正直に答える。  「恥ずかしい話しだけど、私今までお付き合いした人いないんだよね。もちろん告白した事は、何度かあるんだけど、全て撃沈してきたから」  紗絢は、アハハと笑いながら、年齢=恋人いない歴なんだよねと答える。  (紗絢さん、誰とも付き合った事ないんだ。私が最初の恋人になりたい!)  「そういう彩華ちゃんは、どうなの?」  不意に質問された。紗絢は正直に答えてくれたんだから、私も正直に答えないと失礼だと思い正直に答える。  「私も一度もないよ」  「美人なのに?」  紗絢は、そうなの?本当に?って顔をしている。  正直に年上の女性が恋愛対象だって言おうかと思ったけど、さすがにまだ早いと思って、思い留まった。  「恋人いない同士仲良くしようね♪」  紗絢が笑顔で言うので、彩華は嬉しくなって、満面の笑みでうん♪と答える。  食品売り場での買い物を終えて、家に帰る。  家に帰ると、紗絢はゆっくりしててねと言うと、夕食の準備を始める。  彩華は、そんな紗絢の後ろ姿を見ながら、私も料理出来たらなと思ってしまう。料理が出来たら、紗絢と二人で仲良くお喋りしながら過ごせるのにと。  紗絢が夕食を作っている間に、お風呂掃除をして、明日の学校の準備をする。  本当は、学校に行きたくなかった。学校に行っても一人で過ごさないと行けないから、でも紗絢に心配掛けたくないから、学校にだけは行こうと思う。  何気にスマホを見ると、新着メッセージ1件とある。今まで、紗絢からのメール以外来る事なかったから、何だろうと思いながらも、メッセージを開く。  メッセージを開いて、驚きと同時に憂鬱な気分になる。  母親からだった。   「彩華へ、手紙見ました。黒崎さんに迷惑を掛けない様にして下さいね。貴女を置いてくれたんですから、あと学校にだけは行って下さいね。学費が無駄になるので、お小遣いと多少の生活費は、貴女の口座に毎月振り込みますので、黒崎さんによろしく伝えて下さい」  メールの内容を見て、彩華は自分の心が深い深い闇に堕ちていくのを感じた。  (やっぱり、私なんていらないんだ......) 彩華は、少しだけ期待していた。手紙を読んで、パパもママも私の事を心配してくれるのではないかと、でもそんな淡い期待は、見事に裏切られた。  1ミリも、彩華の事を心配していなかった。  全く心配してくれなかった。  彩華は、返信する気にならずスマホを置こうとした。  その時、温かい感触に包まれた。  紗絢だった。紗絢が後ろから抱きしめていた。  「彩華、私が居るからね!私がずっと彩華の側にいるからね!彩華は一人じゃないからね!」  紗絢は、泣きながら彩華を抱きしめている。  「紗絢さん?」  何故紗絢が泣いているのか、わからなかったが、紗絢の言葉と温もりが嬉しかった。  闇に堕ちかけていた、彩華の心が再び光輝きだすのを、彩華は感じていた。  彩華は、泣かなかった。紗絢が自分の替わりに泣いてくれたから泣けなかった。  暫くして、紗絢は泣き止んだ。それでも彩華を抱きしめている。  「紗絢さん?」  「ごめんね。メール見るつもりなかったんだけど、彩華の背中が凄く寂しそうに見えて、それで彩華の側に行ったら目に入っちゃって......本当にごめんね......」  紗絢は、申し訳なさそうに謝ってくる。  「別に紗絢さんが、悪い訳じゃないから、私少しだけ、本当に少しだけ期待していたの、手紙を見たパパとママが、私の事心配してくれるんじゃないかって、でも全く心配してなかった......本当に全く心配してなかったから......」  「彩華......」  紗絢は、掛ける言葉が見つからない。  「でもね、これで吹っ切れたよ。パパもママも私の事なんて必要ないんだって、いらないんだってわかったから」  彩華は、表情を変える事なく淡々と話し続ける。  「私のお家は、ここだけなんだって。だから、これからもよろしくお願いします」  「彩華......」  「そんな顔しないで、私、本当に大丈夫だから、だって紗絢さんが側に居てくれるからもう寂しくないよ」  何も言えなかった。  何も答えられなかった。  紗絢は、ただ俯くしかなかった。  どうして!彩華が何をしたの?  彩華と知り合って、まだ二週間で、昨日初めて会って、いきなり一緒に暮らす事になったけど、でも彩華は悪い子じゃないのだけはわかる。  まだ、彩華の事全然わからないけど、でも優しい女の子なのはわかる。  どうして、彩華がこんな目に遭わなくてはいけないのか、わからない!  こんな酷い仕打ちをする彩華の両親の考えがわからなかったし、わかりたくもなかった。  紗絢は、再び涙を零す。  こんなに辛い思いをしている、こんなに酷い仕打ちを受けた彩華に、掛ける言葉の一つも見つからない自分に腹が立って、悔しくて、そして彩華の気持ちを考えると止め処なく涙が溢れてきて止まらなかった。  彩華が、紗絢に向き直る。そして今度は彩華が紗絢を抱きしめる。  「ありがとう、紗絢さん。本当にありがとう。私、ママにメールするよ。今までありがとうって、私の事は忘れて未来を妹を今まで以上に大切にして下さいって、そして大人になったら、働いて高校の学費返すから高校だけは卒業させて下さいって」  「彩華、駄目だよ!そんなメールしたら!」  彩華は、首を振ると「いいの、私には紗絢さんが居てくれるから」と言うと、スマホを取ってメールを打ち出す。  「駄目だよ!彩華駄目だよ!」  紗絢は、必死に止めようとするが、彩華は笑顔で「これ以上、パパとママの事で辛い思いしたくないから」そう言うと打ち終わったメールを送信する。  「彩華!」  「もう送ったから、ごめんなさい。でも私のお家は、ここしかないし紗絢さんが居てくれたら私大丈夫だから」  彩華は、そう言うと紗絢の胸に顔を埋めると「今だけだから」と言うと子供の様に泣きじゃくった。  紗絢が泣いてくれたから、泣かずに済むと思ったけど無理だった。  紗絢は、ただ強く彩華を抱きしめるしか出来なかった。  彩華が泣き止むと、二人で夕食を食べた。彩華は、スッキリした顔をしていた。  対照的に紗絢の顔は沈んでいた。   彩華に何も言ってあげられなかった自分が情けなかった。  「私本当に大丈夫だから、だからそんな顔しないでよ」  「彩華......ごめんね」  「ごめんね禁止!」  「えっ?」  「えっ?じゃないよ。紗絢さんが、私に言ったんだよ。ごめんなさい禁止!って」  「うん......ごめんね」  「だから、ごめんね禁止!」  「うん......」  「紗絢さん、ありがとう。心配してくれて、私後悔してないよ」  彩華は、笑顔で言う。  「本当に?本当に後悔してないの?」  「してないよ」  彩華は、サラッと言う。その顔に後悔の色は無いように見える。  「でも......」  「紗絢さんのお陰だよ。紗絢さんと出逢わなかったら、紗絢さんが居てくれなかったら多分私ずっと我慢して、諦めて堪えるだけだったと思う......」  「彩華......」  「でもね。紗絢さんが居てくれるから、私大丈夫だよ。本当の本当に大丈夫だよ。だから笑っていて欲しいな紗絢さんには。紗絢さんの笑顔好きだから私。だから紗絢さんが、悲しそうな辛そうな顔してるの、私見たくないから、だからお願い!紗絢さん」  本当に辛いのは、彩華なのに彩華は私に笑っていて欲しいと、私の笑顔が好きと言ってくれる。だからこんな顔見せたらいけないよね。そう思ったら紗絢は笑顔で答える。  「私も、彩華には笑顔でいて欲しいよ。だから彩華がいてくれるなら、私はずっと彩華といるからね」  「うん!私も紗絢さんの側にいたい!」  同居初日だけど、紗絢の中で何かが変わり始めていた。  「彩華ありがとう」  「ありがとうは、私だよ、本当にありがとう」  お互いに照れくさくなってしまい、まともに相手の顔が見れなかった。  「お風呂沸いたし、入っちゃって寝ないとね。明日から仕事と学校だし」  「そうだね~」  「彩華、一緒に入る?」  「えっ?」  (さ、紗絢さんとお風呂?入りたいけど、でも恥ずかしいし、ど、どうしよう!)  彩華が悶々としていると。  「冗談だよ。さすがに二人で入ったら狭いしね」  そう言うと、紗絢はお先に~と言って、脱衣所に行ってしまう。  「あっ!ちょっ、待って」  彩華の言葉は届かずに、無情にも脱衣所の扉は閉まってしまう。  彩華は、ガクッと項垂れてしまう。  「一緒に入りたかったなぁ~」  「彩華、お待たせ、お風呂どうぞ」  紗絢が、そう言うと何故か彩華は、不機嫌そうな顔をしながら脱衣所に向かう。  紗絢は、彩華どうしたんだろう?と思いながらも髪を乾かしていた。  「彩華、電気消すよ~」  「う、うん」  電気を消すと布団に入る。紗絢がベッドではなく、布団派なので、布団を二つ並べている。  「紗絢さん、もう寝た?」  「............」  「私の為に、いっぱい泣いてくれたから疲れたんだよね。ありがとう紗絢さん」  紗絢は、起きていたが、寝たふりをしていた。 暫くすると、彩華が小声で呟く。  「パパ、ママ、さようなら......」  彩華は、呟くと今日位いいよねと呟くと紗絢の布団に入って来て、寝ている紗絢に抱きつくと、声を漏らさない様に唇を噛みしめると、嗚咽を漏らす。 もう大丈夫だよ、後悔してないよ!そう言っていたが、やっぱり強がりだったんだ。 寝たふりをしていた紗絢は、尚も寝たふりを装いながら、そっと彩華を抱きしめた。  どんなに強がっていても、彩華はまだ17歳の子供である。寂しくないはずない。  (私がずっと一緒にいるからね!私が彩華を守らないと)  彩華を抱きしめたまま、紗絢は強く思った。  カーテンの隙間から、差し込む月明かりが優しく二人を照らしていた。     
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!