~初めての温泉旅行~

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~初めての温泉旅行~

明日は、紗絢と初めての温泉旅行。彩華は、嬉しさのあまり中々寝付けずにいた。  最後に旅行したなんて、いつ以来だろうと考える。妹の未来が生まれる前だから、多分10年以上前である。  未来が生まれてからは、家族旅行はあったが、彩華はいつも一人家で留守番だったから、だから明日の旅行は本当に楽しみで仕方なかった。  紗絢も、明日からの温泉旅行を楽しみにしていた。社会人になってから、初めての旅行なのだ。  友達はいるが、タイミングが合わなかったり、友達は彼氏と行くから等の理由で、旅行からは遠ざかっていたのだ。そして彩華との初の旅行だから。  紗絢は、彩華が色々と我慢しているのをわかっていた。同居を始めた頃よりは、少しずつ良くなってきたとは思うけど、それでも紗絢に気を使ってなのか、両親との事が原因なのか、多分両方だと紗絢は思う。彩華が我慢しているのだけは、わかっていたから、だから温泉旅行を企画したのだ。  昇進試験を頑張った自分への御褒美として、彩華へのプレゼントとして。  「彩華ちゃん、まだ起きてる?」  「うん。明日の事考えたら寝れなくて」  「私もだよ。旅行なんて久しぶりだから楽しみで」  「紗絢さんも?実は私もだよ」  二人共、明日からの温泉旅行が楽しみで、寝付けずにいた。  「紗絢さん?」  「どうしたの?彩華ちゃん」  「紗絢さんのお布団で、紗絢さんの隣で寝ていい?」  「相変わらず、彩華ちゃんは甘えん坊さんだなぁ~」  「駄目~?」  「いいよ。おいで彩華ちゃん」  そう言うと布団を(めく)って、横にずれると彩華の入れるスペースを作ってくれる。  エヘへと嬉しそうな顔をしながら、彩華が入ってくる。  「紗絢さんの隣だ~嬉しいな♪」  「本当に、彩華ちゃんは甘えん坊さんだね。そんなに一緒に寝たいなら、ダブルサイズのお布団買う?」  「いいの?」  「だって、シングルに二人は、さすがに狭いし」  紗絢は、真剣に購入を考えていた。寝るときは、別々の布団なのに、朝起きたら隣に彩華がいる事が、最近増えていたから。そして、彩華が隣で寝ていると安心できている自分に紗絢は気付いていなかった。  「最近朝起きたら、彩華ちゃんが隣で寝てる事多いから、買おうかなって」  「だって、紗絢さんのお布団で、寝たいんだもん」  彩華は、甘える様に紗絢に抱きつきながら、可愛らしく言う。  (最近、彩華ちゃん大胆になったなぁと思う。出逢った頃は、もっと大人しかったと思うけど、もしかしたら本当の彩華ちゃんは、積極的なのかな?)  そんな事を考えていたら、いつの間にか彩華が、スヤスヤと寝息をたてて寝ていたので、紗絢も寝る事にする。   電車に揺られて、更にバスに乗ってやっと目的の温泉旅館に着いた。  「やっと着いたー」  「ごめんね。私が免許持ってたらレンタカー借りて、もっと楽に来れたのに」  紗絢は、免許を持っていなかった。勿論高校生の彩華は持っていないので、電車で一時間半、バスで更に30分。合計2時間掛けて、やっと辿り着いたのである。  「謝らなくていいよ。電車で食べた駅弁美味しかったし、バスからの風景綺麗だったし」  「ありがとう」  駅弁も綺麗な風景も、旅ならではだと思った。  「早く入ろうよ!」  彩華に手を引かれて、旅館に入る。彩華は本当に楽しそうだ。子供の様に無邪気に喜んでいる。  彩華は、温泉旅行を企画して本当に良かったと思った。彩華がこんなに喜んでくれたから、自然と笑みがこぼれていた。  受付を済ませると、仲居さんが部屋まで案内してくれる。仲居さんは、不思議そうな顔をしていた。姉妹じゃないよねって顔を。  (もしかして、女の子同士のカップルって思われたかな?)  紗絢は、仲居さんの顔を思い出して考えていると、彩華が嬉しそうに話してくる。  「私達、きっとカップルって思われたよね♪」  「そ、そうかな?多分姉妹って思ったと思うよ」  と言う言葉が何故か気恥ずかしくて、姉妹だと思うよと言ってしまう。  「え~絶対にカップルだよ!」  「姉妹だよ!」  「カップルだよ!絶対カップル!」  「姉妹だよ!絶対姉妹!」 「カップル!カップル!カップル!絶対カップル!]  「姉妹!姉妹!姉妹!絶対姉妹!」  部屋に通されたばかりで、絶対カップル!いや絶対姉妹!と不毛なやり取りをしている。  「絶対にカップルだもん......」  彩華は、子供の様に目に涙を浮かべながらカップルだもんと言っている。何故カップルに、そこまで拘るのかわからないが、彩華の涙には弱い。  仕方ないなぁ~と思いながらも、折角の温泉旅行なので、紗絢は折れる事にする。  「そうだね。仲居さん、私達の事カップルって思ったと思うよ」  紗絢が、優しくそう言うと、彩華は嬉しそうに「うん♪」と言ってご機嫌になる。  そんな彩華を紗絢は(妹いたらこんな感じなのかな?)と思いながら見つめている。  一人っ子の紗絢には、兄弟姉妹のいる感覚がわからない。兄弟姉妹のいる友達曰く、いたら楽しかったりするけど、面倒だしウザイよと言っていたが、彩華みたいな妹ならいいかなと紗絢は思う。  紗絢が、そんな事を考えている間、彩華は窓からの景色を眺めていた。この旅館の周りは自然が豊かで、秋になると紅葉がとても美しいのだと、出迎えてくれた女将さんが話していた。  「紗絢さん、こっち来て!窓からの景色が素敵だよ」  彩華に呼ばれて、紗絢も彩華の隣に行き景色を眺める。  (本当に綺麗。紅葉の季節になったら、もう一度彩華ちゃんと来たいな)  彩華は、景色を眺める紗絢の横顔を見つめていた。  (紗絢さん......好き......)  彩華の紗絢への想いは、日に日に増していた。紗絢のちょっとした言動にドキッとさせられたり、紗絢のちょっとした仕草に胸がときめいたりと、そして眠る紗絢に秘密のキスをすると、彩華の心は幸せで満たされていた。  紗絢への、秘密のキスを思い出すと、紗絢にキスしたくなったけど、必死にキスしたい気持ちを抑え込む。  (私、いつからこんなHな娘になったんだろう?)  彩華が、そんな事を考えていたら、紗絢が不思議そうな顔で声を掛けてきた。  「彩華ちゃんどうしたの?百面相して」  「えっ?私そんな顔してた?」  「うん。それに何かエッチな顔してたよ」  紗絢のエッチな顔してたよと言う言葉に、紗絢にキスしたいという自分の欲望がバレたんじゃないかと思い、彩華は焦る。    「え、エッチな顔なんて、し、してないよ!」  「してたよ。今にも涎垂らしそうな感じでしてたよ」  「よ、涎なんて垂らしてないし、エッチな顔もしてないもん!」  動揺のあまり、つい悪い事がバレた子供のような喋り方になってしまう。  「アハハ、ごめんね。彩華ちゃんの反応が面白くて、つい意地悪しちゃった」  紗絢は、可愛く下を出して謝る。  「うー、紗絢さんなんて嫌いだもん」  彩華が可愛らしく拗ねる。  「あ~ん、許して彩華ちゃん」  「許してあげないもん」  彩華は、頬をぷーっと可愛らしく膨らませている。  「許して~」  「もうエッチな顔してたって言わない?」  紗絢は、「言わないから、彩華ちゃんがHな娘なんて言わないから」とわざと一部分だけ変えて謝る。    彩華は、それに気付かずに「なら抱きしめてくれたら許してあげる」と言ってくる。  彩華ちゃん、気付いてないしと思いながらも、紗絢は彩華を抱きしめながら「ごめんね」と謝る。  彩華は「なら許してあげる」と言うと紗絢に強く抱きついてくる。  彩華は、紗絢に抱きしめてもらうのが大好きだった。彩華の方が背が高いので紗絢の頭が、ちょうど彩華の鼻の辺りにくる。  紗絢からは、いつも優しい香りがしていた。紗絢の人柄を表すかのような、優しくて安心出来る香りが、彩華は紗絢の香りが、そして紗絢から伝わる優しい温もりが大好きだった。  紗絢に抱きしめられると、凄く安心出来た。あなたの居場所は此処だよと言われている気持ちになって、幸せな気持ちになるから大好きだった。  紗絢は、彩華を抱きしめながら考えていた。最近彩華は、本当に明るくなったと思うし変わってきたと思う。  同居を始めた頃の彩華は、いつも俯いていた。俯きながら会話をして、紗絢に何かを話すにも、話していいかな?大丈夫かな?と心配そうにしていたし、買い物に行って、紗絢が欲しい物ない?と聞いても大丈夫と言って欲しい物を言おうとしなかった。  自分の言いたい事を言えず、したい事をしたいと言えずに常に俯いていた。彩華の笑顔が作り笑顔にしか見えなかった。  でも最近は、我が儘も言ってくれる様になって、感情も表に出してくれる様になって、沢山笑って本物の笑顔を沢山見せてくれる様になったと思う。甘えん坊さんなのには、少々困るけど。  あと大胆になったと思う。彩華の言動にドキッとさせられてしまう事もあった。   「さ、紗絢さん、くすぐったいよ~」  紗絢は、考え事をしながら無意識に、彩華の頬をすりすりしていたようだ。  くすぐったそうに、体を捩っている彩華が面白くて、紗絢は悪戯したくなって、自分の顔を彩華の胸の辺りまで下げると、甘える子供のように顔をすりすりし始める。  「く、くすぐったいから駄目だって!」  そんな彩華の叫びを無視して、紗絢は更にすりすりする。  すると何故か彩華は、紗絢の頭を自分の胸に押し付ける。  その彩華の行動に驚いてしまい、紗絢は動きを止めてしまう。  (ハァ~紗絢さん!)  彩華は、うっとりとした顔をしながら、更に紗絢の顔を自分の胸に押し付ける。  女の子大好きな紗絢だけど、恋人がいなかった為に、免疫がない。ここまで大胆な彩華の行動に焦ってしまう。  彩華は、紗絢を絶対に離さないといった感じで抱きしめている。  流石に息が苦しくなってきて、「彩華ちゃん、苦しい」と呻いてしまう。  その言葉で、彩華は抱きしめる力を緩めてくれる。  煩い位にドキドキしている心臓の音を聞きながらも、紗絢は顔を上げられない。  間違いなく顔が、真っ赤に染まっているのがわかるから、今顔を上げたら彩華に見られてしまうと思うと、顔をあげられず彩華の胸に顔を埋めたままでいる。  (紗絢さんに、私の心臓の音聞かれたよね)  そう思いながらも、彩華は幸せに浸っていた。  暫くすると、やっと心臓のドキドキが収まったので、紗絢は彩華の胸から顔をあげる。そして緊張してしまったのを、悟られたくなくて「温泉入りに行こう」と言って、彩華から離れる。  彩華は、残念そうな顔をしていたが「うん」と言うと準備を始める。  準備をしながら、紗絢はさっきの事を考えていた。  彩華の胸に顔をすりすりしたのは、自分だが、まさか抑え込むとは思ってもいなかった。今まで、紗絢から抱きしめても、彩華から抱きついてきても、あそこまで大胆な行動を彩華がとった事はなかった。  (温泉来たから、テンション上がってるからだよね)  紗絢は、彩華が自分に恋心を抱いている事を、自分を愛している事を知らないし考えてもいなかったので、そう考えた。  準備を終えると、二人で大浴場に向かう。  ここの温泉は、乳白色で美肌効果があるとの事で、女性に人気が高かった。  彩華がピックアップしてくれた中で、この温泉を選んだ理由の一つがこれだった。  紗絢も彩華も、年頃の女の子なので、美肌効果に反応したのである。  脱衣所に入り着替えをしようとすると、何故か、彩華がもじもじと恥ずかしそうにしている?  「どうしたの?早く着替えて入ろう」  「う、うん」  しかし彩華は、着替えようとしない。再び声を掛ける。  「どうしたの?トイレ行きたいの?行きたいなら、先に行ってきた方がいいよ」  彩華がもじもじしているので、トイレに行きたいんだと思って、そう伝える。  「おトイレ行きたい訳じゃないもん!」  「?」  なら何故着替えないのだろうと、紗絢は首を傾げる。  彩華は、恥ずかしかったのだ。好きな人に裸を見られるのも、好きな人の裸を見るのも入浴するのだし、女の子同士なのだから、彩華以外の女性であれば、気にならないのだが、紗絢だから、大好きな紗絢だから恥ずかしかったのだ。  大好きな紗絢の事は、全て知りたいし、大好きな紗絢には、自分の全てを知ってほしいけど、やっぱり恥ずかしいものは、恥ずかしいのだ。  「もしかして、脱がしてほしいの?」  「!!」  「彩華ちゃん、いくら甘えん坊さんでも、服位は自分で脱いでね」  紗絢が、見当違いな事を言ってくる。  「じ、自分で脱げるもん」  動揺のあまり、子供っぽい話し方になっている。  「なら、早く脱いで温泉入ろう」  彩華の気持ち等、露と知らないと言った感じに、紗絢は鼻歌を歌いながら服を脱いでいた。  彩華は、そんな紗絢を頬を染めながら横目に見ながら諦めて、自分も服を脱ぐ。  「広~い!」  紗絢が子供の様に目を爛々と輝かせている。(紗絢さん、凄く嬉しそう)と紗絢を見て彩華は、紗絢がお風呂好きなのを思い出した。  紗絢は、お風呂が大好きで、家でも結構な時間お風呂に入っている。  「彩華ちゃん、どれから入る?」  「えっと、やっぱり一番広いのからかな」  「わかった。彩華ちゃん、早く早く!」  本当に嬉しそうに、彩華の手を握ると一番広いお風呂の前まで、彩華を連れて行く。  手を握られながら、彩華は(紗絢さん、綺麗)と紗絢に見惚れていた。  掛け湯をすると、二人は温泉に浸かる。  「彩華ちゃん、気持ちいいね」  「本当に、気持ちいいね」  時間が早かったのて、紗絢と彩華の貸し切り状態だった。  「やっぱり、足伸ばせるお風呂っていいね♪」  紗絢は、幸せそうに本当に幸せそうにしている。  そんな紗絢とは、対照的に彩華は落ち着かなかった。  大好きな紗絢と、初めて一緒にお風呂に入ったのだから。  紗絢と一緒のお風呂に入れる嬉しさと、紗絢の裸が見えてしまう、自分の裸を見られる恥ずかしさとで、複雑な気持ちだった。  (紗絢さん、私と一緒にお風呂入って何とも思ってないのかな?)  彩華が、そんな事を考えていると不意に「彩華ちゃん、肌綺麗だね」と紗絢に言われる。  「あ、ありがとう、紗絢さんも凄く綺麗だよ」  「本当に!嬉しいな」  紗絢は嬉しそうに微笑む。  「うー、しかしここまでの差は隣にいて切なくなる」  突然、紗絢が呟くと彩華の胸を凝視する。  「さ、紗絢さん?」  「どうして、そんなに大きいの?」  「な、何が?」  彩華は、わかっていながら敢えて紗絢に質問する。  「彩華ちゃん、わかってて聞いてるでしょ絶対に!」  「そんな事ないよ~わからないから聞いてるんだよ~」  彩華は、私わからな~い、わからないから教えて~とわざとらしい態度を取る。  紗絢は、さっき以上に彩華の胸を凝視すると、「胸だよ!何でそんなに大きいの?」と焼けになって言う。  胸が小さい事が、コンプレックスの紗絢は彩華の見事な胸が正直羨ましかった。  「そう言われても、こればっかりは成長したからとしか言えないよ」  「ハァ~一度で、いいから私もそんなセリフ言ってみたい」  そう言うと、紗絢はガクっと項垂れてしまった。  「私は、紗絢さんの胸好きだけどなぁ~可愛いし綺麗だし、小さいけど」  微妙にフォローになっていない感じのフォローを彩華が入れるが、紗絢は、じとーっとこちらを見て、どうせお世辞でしょと言った顔をして拗ねている。  そんな紗絢を見て(紗絢さん、可愛い!)と彩華は思った。  「拗ねないでよ~私本当に、紗絢さんの胸好きだよ。可愛くて綺麗で、誰にも見せたくない位に好きだよ!」  つい本音が出ていた。彩華は、素直に誰にも見せたくないと思っていたから。  本当に?と言った顔で紗絢がこちらを見ている。本当に可愛い?本当に綺麗?と彩華の言葉を信じられないみたいに。  「本当に本当だよ!だから自信持っていいと思うよ。紗絢さん、どうしてそんなに気にするの?」  確かに女の子なら、胸の大きさは多少なりとも気になるという事は、彩華にもわかる。  胸の大きい子は、大きいなりに、胸の小さい子は小さいなりに多少なりとも悩みはあるが、紗絢の気に仕方は普通じゃない気がして彩華は質問してみる。   「紗絢さん、どうしてそんなに胸の大きさ気にするの?何かあったの?」  紗絢は、悩んでいた。折角の温泉旅行なのに、楽しい温泉旅行なのに、話していいのかと、話して彩華に気を使わせてしまうのではないかと。  紗絢が、俯いて話さないので、彩華は自分の身体を紗絢の身体にピタッとくっつけるともう一度、今度は優しい声色で聞いてくる。  「話したくないなら、無理にとは言わないけど、でも聞きたいな。紗絢さん、いつも私の悩み聞いてくれるから、今度は私が紗絢さんの悩み聞く番だから」  いつもと、逆になっていた。いつもなら紗絢が彩華の悩みを聞いているのに。  紗絢は、悩んだけど彩華にならと思って話す事にした。  「私、高校生の時に好きな人がいてね。本当に凄く好きで、それで告白したの。でもその人は、胸の小さい人じゃなくて、胸の大きい人が好きだって、私みたいなチビで胸の小さい人は嫌だって......」   「..................」  彩華は、何も言えなかった。紗絢は更に続ける。  「その後も、好きな人出来たら勇気を出して、告白したけど、やっぱり私みたいな体型は嫌だって......だから私自分の身体嫌いなの......ずっと忘れられないの............私みたいな体型は嫌だって言われたのが、忘れられないの......」  紗絢は、俯いて目に涙を浮かべている。  それでも、彩華に心配かけまいと必死に泣くのだけは我慢している。  彩華は、どうしていいかわからなかった。こんな時経験豊富な大人の女性だったら、私がもっと大人だったらと、また子供の自分を呪いたくなった。  いつも笑顔でいてくれる紗絢。  いつも優しく抱きしめてくれる紗絢。  私の大好きな人。  私の愛してる人。  大好きな紗絢が、苦しんでいるのに、私は......私は、何も出来ないの?そう思うと同時に彩華は、言葉を発していた。   心からの言葉を。  「私は、紗絢さんの事好きだよ!優しい紗絢さんが!紗絢さんの体型なんて関係ない!私は、私は優しい紗絢さんが大好きだよ!だから、だからもう悩まないでお願いだから」  「!!」  「私、紗絢さんの身体凄く綺麗だって思うよ。だからもっと自信持っていいと思うよ。だから紗絢さんには、笑っていてほしいの」  彩華は、顔を真っ赤にしながら言うと恥ずかしくなったのか、顔を背けてしまう。  紗絢は、驚いた。自分の事を好きと私の身体綺麗だと言ってくれた事に。もちろん人としての好きだとは思うが、それでも好きだって言ってくれた事が嬉しかった。 「彩華ちゃん、ありがとう。心配かけてごめんね」  そう言うと、彩華の頭を撫でる。  彩華は、本当にもう大丈夫?って顔をしているので、本当にもう大丈夫だよ。ありがとうと伝える。  「私を元気にしてくれた彩華ちゃんに、大サービスで、今日は私が彩華ちゃんの背中を流してあげるから」  そう言うと、紗絢は湯船から上がる。  彩華が、目を丸くして驚いていると、紗絢が早く早くと彩華の手を握ってきた。  身体を洗った後、旅館自慢の露天風呂に入る。その頃には、いつもの紗絢に戻っていた。そんな気がした。  部屋に戻ると、夕食が準備されていた。  海の幸、山の幸をふんだんに使った豪華な食事だった。  「凄いね!」  「うん!食べきれるかな?」  二人は、豪華な料理に驚きながらも食べ始める。  彩華は、さっきの事を思い出していた。  (紗絢さんに、好きって大好きって言っちゃったよ~やっぱりそういう意味で取ったよね。絶対にそう取ったよね)  紗絢さんどう思ったんだろう。彩華は気になって仕方なかったが、紗絢に聞く勇気はなかった。  そんな彩華の気持ち等知らずに、紗絢は呑気に「これ美味しい!こっちも美味しい!」と豪華な食事に舌鼓(したつづみ)を打っていた。  夕食の後は、明日何処に行こうかなと話していた。今回の温泉旅行は、二泊三日の予定なので、二人共初めて来た場所なのでわからなかった。  「明日、旅館の人に聞いて決める?」  「......うん......」  彩華は、心ここに有らずといった感じで紗絢の話しも耳に入っていない感じで空返事である。  (彩華ちゃん、夕食の時からどうしたんだろう?もしかして、まだ私の事心配してるのかな?)  それなら申し訳ない事をしたと思い声を掛ける。  「彩華ちゃん、お風呂ではごめんね」  「..................」  彩華から返事はない。  「彩華ちゃん、彩華ちゃん!」  「..................」  やっぱり返事はない。心配になって、彩華の前まで行くと、彩華の顔を覗き込む。  彩華は、小声でうーんとか、でもとか言っている。  紗絢は、更に彩華に顔を近づけると「彩華ちゃん、どうしたの?」と聞くが、やっぱり反応がないので、仕方なく両手を彩華の頬に添えてみる。  やっと気付いてくれた。  「さ、さ、さ、紗絢さん!な、な、な、何してるの?」  「やっと気付いてくれた」  「え、えっとどうしたの?紗絢さん」  「どうしたの?はこっちのセリフだよ。夕食の時から変だったし、ずっと呼んでたのに気付いてくれないし」  「え、えっと......」  彩華は、口籠ってしまう。本当の事なんて言えないし、気付いたら紗絢の顔は、超至近距離にあるうえに、両手は頬に添えられてるし、まるでキスでもするかの様な感じだったのだから。  考えたら、彩華の頬は見る見るうちに赤くなる。  「彩華ちゃん、本当にどうしたの?」  紗絢が心配そうに、大丈夫?と見つめている。  (近い!近いから、紗絢さん顔近いよ~)  「な、何でもないよ」  「本当に?」  「本当に!」  つい大きな声になってしまう。  「ならいいけど」  紗絢が、それ以上聞いてこないので、正直助かった。   「彩華ちゃん、明日何処に行きたい?」   いきなり振られて困ってしまった。正直わからないし、紗絢の事を考えていたから、明日何処に行くか全く考えていなかった。  「えっと、初めての場所だから、明日旅館の人に聞いて決めよう」  「彩華ちゃんも、やっぱりそう思う。私も、そう考えてたんだよね」  「う、うん」  相変わらず、両手は頬に添えられてるし、顔も超至近距離なので、流石にこれ以上は我慢出来なくなるので、彩華は紗絢に言った。  「紗絢さん、顔近いし、て、手も」   彩華に言われて、そのままだった事を思い出して、頬から手をずらして離れる。  (あ、危なかったよ~)  あのままなら、間違いなく紗絢にキスをしていたから。  彩華は、変な汗を掻いてしまったので、もう一度お風呂に入ろうと思い紗絢を誘う。  「紗絢さん、もう一回お風呂入りに行こうよ」  「そうだね。折角温泉来たしね」  そう言うと、二人はお風呂に向かった。  二度目のお風呂は、何とか緊張せずに入る事が出来た。  飲み物を買って、部屋を戻ると旅館の人がお布団を既に敷いてくれていた。  紗絢は、「わーい」と言うと布団にダイブする。  「紗絢さん、子供じゃないんだから」  「だって、旅館のお布団ふかふかで気持ちいいから、つい」  「ついって、わかるけど行儀悪いよ」  「何か、彩華ちゃん、お母さんみたい。ママ~」  「ママって」   彩華が、そう言うと紗絢は、小さい子供になってしまったかの様に、ママ~抱っこ~とか言い出す。  「紗絢さん?」  彩華は呆気にとられている。   紗絢は、気にする事なく続ける。  「ママ~抱っこ~抱っこ~」  相手にしないと、いつまでも続くのかな?と彩華は悩む。  「ママ~抱っこ~抱っこ~してくれないと、さーちゃん泣いちゃう」  遂には、自分の事をさーちゃんと言い出してしまう。完全に子供になっている。  「ママ~ママ~早く抱っこ~」  「........................」  「うわ~ん、ママ抱っこ~」  遂に泣き出してしまう。多分演技だけど、流石に彩華は、諦めて付き合う事にした。  「もう、さーちゃんは本当に甘えん坊さんね」  「だって!だって!」  「おいで、さーちゃん抱っこしてあげるから」  さーちゃん事、紗絢は本当に嬉しそうに彩華ママの所に行く。あまりに嬉しそうなので演技だよね?と思ってしまう。  紗絢が来ると「本当に甘えん坊さん♪」と言うと、紗絢を抱きしめる。  紗絢は、嬉しそうに彩華の胸に顔を埋めると「ママ~大好き♪」と言っている。  紗絢さん、本当にどうしたんだろう?彩華には、甘えてくる紗絢が演技でしている様に思えなかった。  彩華の考えた通りだった。紗絢は彩華に甘えたくなってしまったのだ。  お風呂での告白が、原因だった。忘れたくても忘れられなかった悲しい過去を告白して、悲しくなってしまったのだ。  でも彩華に心配掛けたくなくて、折角の旅行だからと、気を張っていたけどやっぱり無理だった。  それでも心配掛けたくなかったけど、我慢の限界だった。そして彩華に甘えていた。  彩華は、紗絢の頭を撫でながら考えていた。  (やっぱり、お風呂での事だよね。忘れられないって、ずっと誰かに聞いて欲しかったんだよね)  「ママ?」  紗絢が上目遣いで、こちらを見ながら何か言いたそうにしている。  「どうしたの?」  紗絢は、言いたいけど言っていいのかなって顔をしている。  彩華は、微笑むと優しく頭を撫でながら話す。  「どうしたの?さーちゃん、して欲しい事あったら言っていいのよ」  まるで、本物の母親の様な慈愛に満ちた顔と声で言う。  「あの、さーちゃん、ママと一緒に、ママのお布団で寝たいの」  「今日は、ママのお布団で一緒に寝ましょうね」  紗絢は、目を輝かせると、まるで本物の子供の様に「うん♪」と嬉しそうに言う。  彩華は、いつもと逆だなと思いながらも、紗絢と同じお布団で寝れるのは嬉しかった。  その後も、紗絢はずっとさーちゃんのままだった。彩華から離れようとしなかった。  彩華的には、凄く嬉しかったが、流石にトイレにまでついてくるのには困ってしまった。「ママ~ママ~」と泣くのであやすのに苦労した。  本当に子供になったのではと思ってしまう位に、紗絢はずっと子供だった。  紗絢のお布団に二人で入る。紗絢は嬉しそうに、ずっと彩華を見ている。  そんな紗絢を見て、紗絢さんって、実はかなりの甘えん坊なのかなと思いながらも、ずっと紗絢を抱きしめていた。  「ママ、お休みのキスして」  突然、紗絢がとんでもない(凄く嬉しい)事を言ってきた。  彩華は、喜びを隠しながら、唇は駄目だよね。やっぱり、おでこかな?と考えてしまう。  「ママ、お休みのキス!キスして!」  紗絢が、お休みのキスをお強請(ねだ)  りしてくる。  彩華は、「もう、本当に甘えん坊さんなんだから」と言うと、おでこにキスする。  「もう一回、もう一回して欲しいの!」  紗絢が更に強請るので、もう一度おでこにキスをする。  満足したのか、紗絢は幸せそうな笑顔を見せると「ママお休みなさい」と言って目を閉じる。  彩華は、紗絢が眠りにつくまでの間ずっと紗絢の頭を撫でていた。  紗絢が眠りにつくと、彩華は紗絢の事を考える。突然子供になってしまった事を。  (紗絢さん、余程辛かったんだよね。ずっと、紗絢さんが優しい人なのは、紗絢さんの性格もあるけど、悲しみを人の痛みを理解出来る人だから、だからあんなに優しいんだよね。私、紗絢さんに頼ってばかりで駄目だな。もっと紗絢さんを支えられるようにならないと)  幸せそうに眠る紗絢に、そっとキスをする。(紗絢さん、ずっと一緒にいるからね)もう一度だけ優しくキスをすると、彩華も眠りについた。  次の日の朝起きても、紗絢は何故かさーちゃんのままだった。  彩華は、戸惑ったけど旅行の間だけは、紗絢のママでいてあげようと思いママになる。  「ママ、今日は、何処に行くの?」  「旅館の人に、おすすめ聞いてから、さーちゃんの行きたい所に行こうと思うけど、さーちゃんは、それでいい?」  「うん♪」  紗絢は、本当に嬉しそうに言うと彩華の前に座って、朝食を食べ始める。  (紗絢さん、本当に子供みたいで可愛いな)  そう思いながら、彩華も朝食を取る。  朝食の後は、旅館の人におすすめスポットを聞いて、二人で出掛けた。  綺麗な硝子細工を扱っている工房や、観光地になっている運河、アクセサリーを売っているお店では、お揃いのペンダントを買った。  本当は、指輪が欲しかったけど、学校に指輪をして行く訳に行かないので、諦めてペンダントにした。  そしてオルゴールを売っているお店でも、二人が揃って気に入った曲のオルゴールを買った。  途中紗絢がアイス買ってと駄々を捏ねたので、アイスを買ってあげると、嬉しそうに食べていた。   そんな紗絢を見ていると、彩華は自分が本当に紗絢の母親になったのではないかと、錯覚してしまいそうになる。  (私がなりたいのは、紗絢さんのママじゃなくて、彼女なんだから)  心で、そう呟きつつしっかりと紗絢のママをしていた。  旅館に戻ると、紗絢は眠ってしまった。お風呂に入ろうと思っていたけど、紗絢を一人置いていけないと思い、彩華は紗絢に自分の洋服を掛けてあげる。  (紗絢さん、本当に嬉しそうにはしゃいでたから、疲れちゃったんだね)  普段社会人として、色々なプレッシャーやストレスと戦いながら、頑張って働いている紗絢。彩華が思っている以上に大変なんだよねと彩華は思う。  (私も紗絢さんを支えられる様に、紗絢さんとずっと一緒に居たいから、頑張らないと駄目だよね)  「ママ?ママ~」  (紗絢さん、起きたんだ)  そう思った瞬間、紗絢は泣きながら抱きついてくる。  「どうしたの?怖い夢でも見たの?」  紗絢は、泣きながら「ママ~ずっと側にいてね」と言ってくる。  彩華は、紗絢をあやしながら「ママは、ずっとさーちゃんと一緒にいるよ」と言うと安心したのか、紗絢は泣き止む。  彩華が、頭を撫でてあげると紗絢は、嬉しそうに「ママ大好き」と更に強く抱きついてきた。  結局夕食まで、紗絢が抱きついていたので、夕食後に紗絢を連れてお風呂に行く。  お風呂でも、紗絢は甘えん坊さんだったので、頭を洗ってあげて、身体まで洗う事になって、かなり緊張してしまったが何とか済ませる。  「ママ気持ちいいね♪」  「うん♪」  緊張と幸せ一杯のお風呂タイムを終えて部屋に戻る。  紗絢は、昨日と同じく敷いてあったお布団に「わーい」と言ってダイブする。  そんな紗絢を見ながら、本当に楽しい旅行だったなと、紗絢に感謝する。  今日も、彩華の布団に二人で入ると紗絢がすぐに眠そうにするので、今日も紗絢にお休みのキスをすると紗絢は嬉しそうに「もう一回」と言うので、もう一度お休みのキスをすると紗絢は眠りについた。  (また、紗絢さんと一緒に来たいな)と彩華は思った。 二時間掛けて、家に帰って来る。  今日も紗絢は、さーちゃんだったので、彩華は流石に心配になった。  まさかこのまま子供のままじなないよね?大丈夫だよねと本気で心配になった。  こうして、楽しくも大変だった初めての温泉旅行は終わった。   
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