~自分の気持ちがわからなくて~

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~自分の気持ちがわからなくて~

旅行から戻って来て、初めての週末。紗絢は悩んでいた。旅行中に彩華に何て姿を見せてしまったんだろうと。  (いくら辛かったからって、流石に彩華ちゃん、ビックリしたよね。あんな姿)  紗絢が、あぅ~と呻きながら悩んでいる頃彩華は、旅行で買ったペンダントを見つめながら幸せそうに微笑んでいる。  (紗絢さんと、お揃いのペンダント。初めてのお揃いだから、宝物にしよう♪)  彩華が幸せに浸っている中で、紗絢は、相変わらず呻きながら悩んでいた。  (取り敢えず謝ろう!)  そう思い彩華の元に行く。  「あの、彩華ちゃん?ちょっといい?」  彩華は、ペンダントを仕舞うと「どうしたの?」と聞いてくる。  「あの、この前はごめんね」  「この前って?」  「だから、旅行中の事」  「旅行楽しかったね♪また行きたいね♪」  彩華は、本当に楽しそうに話す。   「うん、楽しかったね。それで旅行中の事なんだけど」   「旅行中に紗絢さん、謝るような事したっけ?」  「だから、あの......その......」  紗絢が、口ごもっていると「何もなかったし、あったとしても覚えてないから、謝る事なんて何もないよ」と彩華に言われてしまい。話しを続けられなくなってしまう。  「それより紗絢さん、この前話してた、二人で寝る為のお布団見に行こうよ」  「う、うん」  紗絢は、これ以上は無理だと判断して、素直に「お布団見に行こうか」と言うしかなかった。  ショッピングモール内の家具屋さんで、ダブルサイズのお布団を購入して、配送手続きを済ませると、カフェでお茶をして帰宅する。  彩華は、旅先で買ったオルゴールがお気に入りなのか、ずっと聴いていた。  そんな彩華を見ていると、少しは心の傷が癒されたのかなと感じる。時間は掛かるかも知れないけど、少しずつでいいから癒されたら良いなと思った。  夏休みの彩華と違い、紗絢には仕事があるので、「眠いよ~」と言いながらも起きて準備をする。  「彩華ちゃんが、羨ましいよ~」  「学生の特権だからね。諦めてお仕事頑張ってね」  「彩華ちゃんの鬼~悪魔~」  紗絢が出掛けようとすると、彩華が「今日お布団届くから、ちゃんと受け取っておくね」と嬉しそうに言ってきたので、「お願いね」と言ってから、家を出る。  (今日から、毎日同じ布団で寝るんだよね。彩華ちゃん本当に嬉しそうにしてたし、買って良かったなぁ~)彩華の事を考えながら仕事に向かった。  彩華は、掃除しながら、早く届かないかなとそわそわしていた。  今日から、毎日紗絢と同じ布団で寝れると思うと嬉しくて仕方なかった。  ちょこちょこ紗絢の布団に忍び込んでは、紗絢に抱きついて寝ていたが、今日からは毎日同じ布団と思うと、自然と頬が緩んでしまう。  ピンポーンとチャイムがなる。  (来たー!)  彩華は、逸る気持ちを抑えつつ玄関に向かった。  新しいお布団を二人で寝れるお布団を見ながら彩華は、エヘへと締まりのない顔をしている。とても他人様には、見せられない位に頬が緩んでいた。  (紗絢さん、早く帰って来ないかな?早く一緒に寝たいな♪)  今晩の事を考えながら、彩華は身悶えていた。  仕事を終えて、紗絢が帰ってきた。  「ただいま~」  「お帰りなさい。紗絢さん早く!早く!」  玄関まで、出迎えてくれた彩華は、紗絢の手を引っ張ると早く!早く!と紗絢を急かす。  「ちょっと待って、まだ靴脱いでないから」  「紗絢さん、おそ~い」  彩華は、頬を膨らませている。  「お待たせしました」  紗絢は、靴を脱ぎ終えると立ち上がる。  寝室に行くと、今日届いたばかりのダブルサイズのお布団が、既に敷かれていた。  その光景に、紗絢はどんなに楽しみにしてたの?と思わずにはいられなかった。  「エヘへ、嬉しくて敷いておきました♪」  彩華は、本当に嬉しそうに、照れながら言う。  「そこまで、喜んでもらえるなら、私も嬉しいよ。今日からは、毎日一緒に寝れるね」  「うん!凄く嬉しい!紗絢さん、本当にありがとう」  「どういたしまして」  二人は、寝室を後にしてリビングに行く。  「今日の夕食は、ハンバーグにしたよ。ご飯食べて、一緒にお風呂に入って、そして一緒のお布団で一緒に寝るんだよ♪」  「う、うん」  彩華のテンションの高さに驚きながらも頷く。  (やっぱり、今日も一緒にお風呂なんだ)と紗絢は思った。  旅行から帰って来てから、彩華は紗絢と一緒にお風呂に入ると言いだしたので、紗絢が「お家のお風呂狭いから、二人はきついよ」と言っても、彩華は絶対に一緒に入ると言って、紗絢の言うことを聞かなかった。  紗絢は何とか回避しようと頑張ったが、最後は、泣き落としに負けてしまい認めるしかなかった。   「今日は初夜だね」 彩華が意味深な事を言うので、紗絢は彩華に聞き返す。  「えっと、彩華ちゃん初夜って?」  「新しいお布団で寝るのが、初めての夜だから初夜だよ」  使い方を思い切り間違っていると、紗絢は思ったけど、敢えて「そうだね」と言ってその場を治めた。  紗絢が、新しいお布団で昏昏(うとうと)していると、彩華が紗絢を見ながら「さーちゃん眠いの?お休みのキスする?」と言ってきたので、紗絢は一瞬で目が覚めた。  「あ、あ、彩華ちゃん覚えてたんじゃない!覚えてないって」  「エヘへ、あの時のさーちゃんが可愛くて、ママ忘れられるはずないよ」  「あの時は、お世話になりました」  「さーちゃん可愛かったから、ママ凄く嬉しかったよ」  「勘弁して下さい」  そう言うと、紗絢は布団に顔を埋めてしまう。  「これからも、さーちゃんって呼ぼうかなぁ~あと私の事ママって呼びたくなったら呼んでいいからね。さーちゃん」  紗絢は、あぅ~と言いながら顔を真っ赤に染めていく。自らしてしまった為にどうしていいかわからない。  「せめて、紗絢にして下さい」  「どうしようかな~」  完全に、彩華のペースである。何とか打開策をと考えるが、軽くパニックになっている紗絢には思いつかない。  「何とか、紗絢で......」  彩華は、ニヤリと笑うと「なら寝るまで、私の事をママって呼んでくれたら考えてあげる」と言ってきたので、紗絢は諦めて頷く。  「あと、私の事をこれからは、彩華って呼んでくれるなら、さーちゃんじゃなくて紗絢って呼んであげる。嫌ならさーちゃんって呼ぶから」  彩華って、大人しい女の子だったよね?実はドSだったの?と思いながら、さーちゃんは嫌なので、素直に頷くしかなかった。  頷く紗絢を見て、彩華は嬉しそうにしている。やっぱりドSなのかなと思ってしまう。  「なら早速呼んでほしいな~」  「ま、ママ」  「聞こえないなぁ~やっぱりさーちゃんって呼んで欲しいのかなぁ~」  「ごめんなさいママ!」  既に紗絢に、反抗する気力はなかった。  「紗絢は、いい子だから抱きしめて撫で撫でしてあげるね」  紗絢は、素直に彩華に抱きしめてもらい撫で撫でしてもらう。  「気持ちいい?紗絢」  「ママに撫で撫でしてもらうの気持ちいい」  本音だった。彩華に頭を撫でられると、凄く気持ちいいから、好きだった。恥ずかしくて本人には言ってなかったけど。  「紗絢、可愛いからママ紗絢の事大好きだよ」  「ありがとうママ」  彩華に頭を撫でられていると、紗絢は再び昏昏してきた。  「紗絢、眠たいの?」  「うん.....」  紗絢は、半分寝かかっている。  「お休みのキスする?」  「うん......」  紗絢がうんと言うと、彩華は紗絢のおでこにお休みのキスをした。  紗絢は、彩華の胸の中で眠りに落ちた。  こうして、彩華ちゃん、紗絢さんから彩華、紗絢と呼び方が変わった。  彩華のドS疑惑を残したまま、夜は更けていった。  朝食を食べていると、彩華が「今日って、紗絢の昇級試験の結果わかる日だよね?」と聞いてくる。  「彩華は、よく覚えてるね」  彩華、紗絢と言う呼び方にもだいぶ慣れた気がする。  「紗絢の大事な試験の結果出る日だから、ちゃんと覚えてるよ」  そう言えば、彩華って凄く頭いいんだっけと思いだす。  「ありがとう。彩華は夏休みの宿題大丈夫なの?」  そろそろお盆だから、夏休みも残り半分以下である。  「終わったよ」  さらっと彩華が言う。  「ならいいけど」  実は、彩華は紗絢との温泉旅行の前に終わらせていた。夏休みの宿題は、さっさと終わらせてしまうタイプだった。  「今日もいつも位?」  「そうだね。そんなに変わらないと思うよ」  「わかった」  「そろそろ行きますか」  そう言うと紗絢は、コーヒーの残りを飲んで、玄関に向かう。  彩華も一緒に玄関へと向かう。紗絢を見送るのが、彩華の夏休みの日課になっていた。  「それじゃ、行ってきます」  「行ってらっしゃい、お仕事頑張ってね」  紗絢は、笑顔てお仕事へと向かって行った。  彩華は、私達まるで新婚さんみたいと嬉しくなった。  掃除を終えると、彩華はショッピングモールに向かう。紗絢へのプレゼントを買う為である。昇級試験の結果次第て、合格おめでとうになるか、普通のプレゼントになるかはわからないけど。  大好きな紗絢に、プレゼントをしたいと思っていたから。  彩華は、悩んでいた。紗絢は、ワンピースが好きでよく着ているから、ワンピースをプレゼントしようと決めていたが、水色持ってるし、やっぱりピンク系かな?でも白も捨てがたいし、結局30分近く悩んで白のワンピースを買ってラッピングしてもらう。  メッセージカードも買って、カフェで紗絢へのメッセージを書いて、帰ろうと思いカフェを出て歩きだすと、聞き覚えのある声が前から聞こえてくる。  「ママ、私喉乾いた!」  「ならカフェ寄ってく?」  「うん!」  「しょうがないな、未来ちゃんは」  ママと妹の未来だった。  二人は彩華に気づくと、彩華に声を掛けてきた。今までいないもの扱いしていたのにも関わらず。  「あれぇ~お姉ちゃんじゃない、こんな所で何してるの?」  元を強調して言う。  彩華は、何も言えずに俯いている。  「あなた、黒崎さんに迷惑掛けてないわよね?出て行ったのは、あなたの勝手だけど、置いてくれた黒崎さんに迷惑掛けたら、私が恥を掻くんだから、わかってる?」  彩華は、こくんと頷く。   早く帰りたい!どうして私の前に現れるの?もう嫌だ!彩華は、自分の心が再び闇に堕ちていくのを感じる。  「私、もう死んだと思ってたのに、まだ生きてたんだね。アハハ」  未来は、無邪気な笑顔で笑いながら言う。  「生きてても、何の役にもたたないのに」  「まぁ、せいぜい黒崎さんにだけは、迷惑掛けないようにしてよね!」  「バイバーイ、元お姉ちゃ~ん。アハハハ」  そう言うと、二人は彩華の前から居なくなった。  (私、やっぱりいらない人間なんだ......生きてちゃ駄目なの?......)  彩華の心が、ガラガラと音を立てて崩れていく。  紗絢は、見事に昇級試験に合格した。  「おめでとう、黒崎さん」  「ありがとうございます」  「これに、満足しないで、これからも頑張ってね」  「はい、ありがとうございます!」  紗絢は、彩華にいい報告が出来ると喜ぶ。  (彩華、ビックリするかな?)  紗絢は、早く彩華に伝えたくて、早く仕事終わらないかなと、ついつい時計ばかりみていた。  「ただいま~ってあれ?」  いつもなら、明かりが見えるのに、今日は見えない。  (彩華、お買い物かな?)  変に思いながら、リビングの扉を開けて電気を付けると、彩華がペンダントを握りしめながら、俯いて座っている。  おかしい!と思って、紗絢は彩華に駆け寄る。彩華の顔を見て、言葉を失った。  彩華の目からは、光が失われ虚ろな目をして、ぶつぶつと独り言を言っている。  「彩華!彩華どうしたの?」  彩華は、何も言わずに虚ろな目で紗絢を見ている。  「彩華!彩華!」  紗絢は、必死に彩華に声を掛けると彩華は、「紗絢?私いらない人間なの、生きてても仕方ないの?......」と言って再び俯く。  「どうしたの?何があったの?ねぇ彩華!」  彩華は、「私いらない人間なの、生きてても仕方ないの」と繰り返す。  紗絢は、彩華を抱き締めて、必死に彩華に言う。  「そんな事ない!彩華はいらない人間なんかじゃない!生きてなきゃ駄目!ねぇ彩華お願いだから......」  紗絢は、泣いていた。泣きながら必死に彩華に「彩華は、いらない人間なんかじゃない!」と伝えると彩華が話し出す。  「ママと未来がいらないって、まだ生きてたんだねって、生きてても何の役にもたたないのにって、だから私いらない人間なの、生きてても仕方ないの」  彩華は、表情を変えずに言う。  「お母さんと妹さんにあったの?何処で?」  「ショッピングモールで......」  そう言うと再び彩華は、私いらない人間なのと呟きだす。  「お願いだから、そんな事言わないで......」  紗絢は、泣きながら必死に彩華に訴える。 彩華は、わからない?私いらない人間なのにと言った顔をしていたが、呟くのだけは止めてくれた。  (どうして?どうして、そんなに彩華を嫌うの?こんなにいい子なのに、どうして!)  紗絢は、初めて人が彩華の家族が憎いと思った。優しい紗絢は、人を憎む事をした事なんてなかったけど、許せなかった。  彩華がこんな状態になるような言葉を投げかけた彩華の母親と妹が、憎くて仕方なかった。気づいたら握りしめていた拳から血が垂れていた。  俯いていた、彩華がポタポタと垂れている血に気づいて、痛くないの?と虚ろな目で聞いてくる。  「大丈夫だよ。彩華の痛みに比べたら何ともないよ」  紗絢は、笑顔で答える。  「紗絢は、私の事好き?愛してる?」  突然彩華が聞いてきた。  紗絢は、戸惑ってしまった。彩華の事は、好きだけど、愛してるかと言われたら正直わからなかったから。紗絢が答えられずにいると彩華が虚ろな目で再び聞いてくる。  「紗絢、私の事愛してる?私の事愛してる?」  紗絢は、彩華には、私しかいないんだから、私が彩華を守るんだと決めた事を思いだす。そして今の彩華には、この言葉が必要なんだと思った。曖昧な自分の気持ちを隅に置いて、笑顔で答える。  「愛してるよ。私は、彩華を愛してるよ」  「本当に?紗絢、私を彼女にしてくれる?」  「本当だよ。彩華は、今日から私の彼女だよ」  今の彩華には、必要だと思った。例え、本物の恋人じゃない、偽りの恋人だとしても、例え紗絢の彩華に対する気持ちがハッキリしていなくても。彩華が元の彩華に戻ってくれるなら。 彩華は、表情を変える事なく、虚ろな目のまま嬉しいと一言呟いて俯いた。  紗絢は、彩華の心は壊れてしまったんだと思った。まだ17歳の高校生に耐えられるはずがないと。  彩華は、ずっと俯いたままだった。ご飯を食べようとしないので、紗絢が食べさせて、お風呂では、身体や頭を洗ってあげた。  彩華は、何もしようとしなかったから。  隣で眠る彩華を見つめながら、紗絢は(どうしたら、元の彩華に戻ってくれるの?)と考えていた。   朝家を出る時には、笑顔だったのに数時間後には、虚ろな目をして表情のなくなった、女の子に変わってしまった。  (どうして、彩華なの?彩華が何をしたの?どうして?誰か教えてよ!)  紗絢は、眠っている彩華を起こさない様に、必死に声を押し殺して泣いた。  朝起きたら、全て夢でしたなんて都合のいい話しはなかった。彩華は、昨日と変わらず虚ろな目をして、ペンダントを握りしめていた。二人のおそろいのペンダントを。  紗絢は、彩華が心配で会社を休んだ。  まだ時間が、早かったので、音に電話をして、本当の事は言えなかったが、音は何かを察した様に認めてくれた。  (取り合えず今日は、彩華にもう一度可哀想だけど、ちゃんと話しを聞いてから病院連れて行って、彩華の母親に電話しないと)  彩華は、相変わらずペンダントを握りしめて、俯きながら独り言を言っている。  紗絢は、二人分の朝食を用意すると彩華の隣に座る。今までは、向き合って食べていたが、昨日の夜も食べさせないと食べなかったので、今日からは隣に座って食べる事にした。  「彩華、ご飯出来たから一緒に食べよう」  彩華からの返事はない。  昨晩から、彩華が話す事は、私は、いらない人間なのと生きてても仕方ないの。私生きててもいいの?紗絢は、私の事愛してる?のみだった。  紗絢は、彩華に朝食を食べさせる。食べさせると食事をとってくれるから、まだ安心出来た。食事を取らなくなったら死んでしまうから。  「彩華美味しい?私の手料理だよ」  紗絢は、今までと変わらずに彩華と接する。そうしないと、紗絢自身辛かったから。  彩華に食べさせながら、自分も食べる。本当は、食欲はなかったが無理やりに詰め込む。紗絢まで、倒れてしまったら彩華を守る人がいなくなってしまう。  朝食の後片付けを済ませると、紗絢は彩華に向き合って座ると彩華に昨日の事をもう一度聞く。  「彩華、彩華は昨日ショッピングモールで母親と妹に会って、あなたはいらない人間、まだ生きてたんだと、本当に酷い事を言われたんだよね?それが本当に辛かったんだよね?」  彩華は、表情を変える事なく頷く。  (やっぱり、それが原因で間違いないんだ。どうして、彩華の母親も妹も、平気でそんな酷い言葉を言えるの?)  「あと、彩華は、私に彩華の事愛してるって、彼女にしてくれる?と聞いたよね。彩華は、私の事を愛してるの?恋愛対象として見ていたの?」  再び彩華は、頷く。  「わかった。私も彩華を愛してるから、彩華は、私の彼女だから安心していいからね。私は、ずっと彩華と一緒にいるからね。私が彩華を守ってあげるからね」  彩華は、頷くだけだった。  彩華とずっと一緒にいたい、彩華を守るは本音だった。ただやはり愛してるという部分だけは、どうしても引っかかっていた。  (彩華の事は、好きだしずっと一緒にいたいとは思うけど、それは彩華を愛してるからそれとも、友達として可愛い妹みたいな存在としてなの?)  紗絢は答えを出せなかった。  「彩華、今から病院行こうね。彩華が早く良くなるようにお薬貰いに行こうね」  「行かない.......病院は嫌だから.......だから行かない.......」  抑揚のない声で彩華が行かないと言い続ける。  「でも、病院に行かないと早く良くならないよ」  「絶対に行かない!私は、病気じゃない!紗絢は、私が頭おかしくなったと思ってるの!私は、おかしくなんてない!だから絶対に行かない!」  突然彩華が、大声で怒り出す。彩華は感情をコントロール出来ていなかった。  怒りを露わにして、紗絢を睨みつけている。今まで、こんな彩華を見た事なんてなかったから、紗絢は戸惑ってしまう。  「で、でも病院行かないと良くならないよ。だから一緒に病院行こう」  「絶対に行かない!私は、病気じゃない!頭おかしくなんてない!紗絢は恋人なのに、私が信じられないの?私はどこも変じゃない!変じゃない!変じゃない!変じゃない!」  紗絢は、どうしていいか、何て言えばわかってもらえるのかわからずに、ただ彩華を見ているしかない。  尚も彩華は、おかしくなんてない!変じゃない!と叫び続ける。可愛い笑顔を見せていた彩華はいなかった。  「わ、わかったから、病院行かないから、だから落ち着いてお願いだから」  彩華は、信じられないと言った瞳で、紗絢を見ている。  「彩華、どうしたら信じてくれるの?」  紗絢は、涙目になりながら彩華に問いかける。もうわからなかった。どうしていいのかこんな彩華を見たくなかった。  「キスして!してくれたら信じてあげる」  「キスって、彩華本気なの?」  紗絢は、焦っていた。いくら彩華に信じてもらう為とは言え、簡単にキスは出来ない。  戸惑う紗絢を見て、彩華は、先程までとは打って変わって、項垂れてしまう。  感情を自分自身では、コントロール出来ない程に壊れてしまっていた。不安定だった。  「やっぱり、紗絢は私なんて嫌いなんだ.......恋人って言ったのに.......やっぱり私なんていらないんだ.......」  「そ、そんな事ないよ。私彩華が好きだよ。本当だよ、でも私キスした事ないから.......」  「紗絢、私いらなくない?嫌いじゃない?」  捨てられた子犬の様な瞳で、不安そうに聞いてくる。  「彩華は、いらなくなんてないよ。私には、彩華が必要だよ。嫌いなはずないよ、私彩華を愛してるんだから」  「本当に?」  「本当だよ!」  「ならキスして、本当に私を愛してるなら、出来るよね?」  今度は、紗絢を追い詰める様に彩華が言う。  やはり今までの彩華じゃないと紗絢は思った。今までの彩華なら、甘えてきても無理を言ったりする様な女の子じゃなかった。  (やっぱり、何とかして病院連れて行かないと、でも今はキスだよね)  紗絢は、意を決すると彩華に微笑みかけながら言う。  「わかった、キスするよ。でも私とキスしたら病院の事、ちゃんと考えてね。私は彩華が心配だから、彩華の恋人だから心配なの。だからお願いだから、考えて欲しいの」  彩華の表情からは、彩華の考えている事はわからなかった。  「キスしてくれたら、考えてあげる」  「わかった」  紗絢は「私のファーストキスあげる」そう言うと、紗絢は彩華の頬に手を添えると彩華の唇に自分の唇を重ねた。  (私のファーストキス、彩華にあげちゃった)  本当は、既に彩華に奪われているのだが、紗絢はわかっていなかったから、ファーストキスだと思い込んでいた。  紗絢は彩華の唇から自分の唇を離す。  彩華は、何も言わずに自分の唇に指をあてている。   「彩華、ちゃんと考えてね。お願いだから」  「わかったよ」  そう言うと、彩華は再びペンダントを握りしめて、俯いて独り言を喋りだす。  紗絢は、これでいいんだよね?間違ってないよね?と考えていた。  結局、今日は病院には行けなかった。  彩華は、不安定な状態だった。気持ちが沈んで、俯いたかと思うと突然大声を出したりと、危うい状態だった。  (何とかして、早く病院に連れて行かないと)  素人の紗絢にも、彩華が危険な状態だとわかる位に彩華は不安定だった。  このままでは、衝動的に自分を傷つけるのではと、紗絢は怖かった。  紗絢は、往診してくれる病院を見つけて、電話をすると、来週なら往診してくれるとの 事で、現在の彩華の状況を説明して電話を切る。  次は、会社に電話をしないと、今の彩華を置いて会社には、行けないけどずっと休む訳にもいかない。まして昇級したばかりなので、何とか自宅でテレワーク出来ないかと思い音に連絡を入れる。  「もしもし、黒崎です」  「黒崎さん、どうしたの?こんな時間に」  時刻は、昼前だった。  「あの、音先輩に相談したい事があって」  音は、紗絢の声色から何かを感じたようで「今日のお休みに関係する事ね」と紗絢の相談事を察する。  「はい、実は.......」  紗絢は、包み隠さずに全てを話す。彩華の現状も彩華と同居している事も。  「事情は、わかった。テレワークで、出来る仕事をあなたに回すから、それまでは、有給扱いにしてあげる」  「ありがとうございます」  紗絢は、音が先輩で上司で良かったと思った。  「それで、あなたは、その彩華さんの事が好きなの?」  「えっ?」  突然の質問に戸惑ってしまう。  (好きって、やっぱりそっちの意味でだよね?)  紗絢が悩んでいると、音が言い方を変えて言ってくれる。  「好きって、恋愛感情でじゃなくて人としてと言う意味よ」  そっちの意味かと思い正直に答える。  「はい、好きです。とても大切な人です。守りたいんです、彩華を」  「なら、頑張りなさい。私はいつでも話し聞くし、アドバイス出来る事はするから、一人で悩まずに、いつでも相談しなさい」  「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」 紗絢は、音の優しさに感謝する。  「頑張りなさいよ」  そう言うと音は、電話を切った。  仕事の事は、何とかなった。(後は彩華の母親だよね)彩華をこんな状態にした張本人に連絡しないと。  今の彩華の状態では、夏休み明けから学校なんて行けるはずがないので、休学扱いにしてもらうしかないのだが、さすがに家族じゃない紗絢には出来ないので、そのお願いをするのだ。  紗絢が、考えていると視線を感じて視線の方を見ると、彩華が睨みつけている。  紗絢は、何故彩華が睨んでいるのかわからずに聞いてみる。  「彩華どうしたの?」  すると彩華は、怒りを隠す事無く言ってくる。  「今の電話誰?誰に電話してたの!」  何故彩華が怒っているのかわからなかったが、「会社の上司だよ。仕事の事で、ちょっと相談あって」と素直に話す。  「仕事の事って何?」  紗絢は、やっぱり彩華は今までの彩華じゃないと思った。今までの彩華は、紗絢から話さない限り仕事の事を聞いてくる事はなかった。  「彩華が良くなるまで、彩華の側に居たいから、お家で仕事出来ませんか?って相談したんだよ」  「私以外の人と勝手に話したら許さないから、私の許可なしにわかった!」  今までなら、可愛い嫉妬だなと思えたかもしれないが、今の彩華からは、それ以外にも何かがあると感じた。それは不安な気持ちのような感じがした。  紗絢が、そんな事を考えて返事をしないと彩華は、今度は不安そうに「紗絢、わかった?」と言ってきた。  「なるべく善処するよ」  彩華は、納得したようなしないような表情をしていた。  怒ったかと思うと不安そうな顔したりと、彩華は情緒不安定だった。ただ昨日から一度も笑わなくなっていた。  紗絢は、彩華の母親に電話する為に、彩華にスマホ貸してねと言う。彩華は何も言わずに渡す。  指紋認証ロックが掛かっていたので、解除してもらうとトイレに入る。彩華には、紗絢が彩華の母親と電話しているのを聞かせたくなかったから。  紗絢が、電話帳を見ると電話帳には、彩華の母親と自宅以外は、紗絢の番号しか入ってなかった。  彩華には、本当に私しかいないんだねと思いながら、彩華の母親に電話を掛ける。  数回のコール音の後に彩華の母親は出た。  「何?」  その声は、不機嫌さを隠そうともしていなかった。何であなたが電話してくるのと言った感じだった。  「突然失礼します。私黒崎と申します。彩華さんのお母様でお間違いないでしょうか?彩華さんの事で、お話しがあって、番号がわからなかったもので、彩華さんの電話からご連絡致しました。突然のお電話失礼します」  紗絢が、そう言うと、彩華の母親は、先程とは打って変わって、穏やかな口調になる。  「黒崎さん?もしかして、娘がお世話になっていらっしゃる方でしょうか?」  紗絢は、湧き上がる怒りを抑えながら話す。  「はい」  紗絢が、そう答えると、彩華の母親は「いつも娘がお世話になってます。彩華は迷惑掛けていませんか?」と如何にも母親面して聞いてくる。  紗絢は、本当に腹が立ったが穏やかな口調を変えずに話す。  「いえ、迷惑なんて、逆に私がいつも迷惑を掛けてる位です」  「そうですか、ならいいのですが、それで本日はどの様なご用件で」  「実は彩華さんの学校の事で、お願いが御座いまして」  「あの娘、学校で何かしたんでしょうか?」   本当に彩華の事には、興味がないんだなと思った。 「いえ、そうではなくて、実は.......」  紗絢は、彩華の体調が悪くて暫く休学させたいので、学校に手続きをして欲しいと一部を濁して話した。  「わかりました。休学の手続きは、こちらでしておきますので、わざわざご連絡すいません」  「いえ、それではよろしくお願い致します」  「こちらこそ娘をお願いします。それでは失礼致します」  そう言うと、彩華の母親は電話を切る。最後まで、彩華を娘を心配する言葉は一言もなかった。  紗絢は、彩華の母親への怒りを覚えていた。彩華をあんな状態にしておきながら、大丈夫の一言すらない事に。  (本当に母親なの?自分の娘が可愛くないの?心配じゃないの?)  他人の紗絢ですら、こんなに心配していると言うのに、自分の家族を自分がお腹を痛めてまで産んだ我が子なのにと、紗絢はやるせない気持ちのままリビングへと戻った。  リビングへ戻ると、彩華は床で眠っていた。相変わらずペンダントを握りしめていた。  そんな彩華を撫でながら、紗絢は考えていた。  彩華の「紗絢は、私を愛してる?」その言葉を。  (あの時は、彩華の為とこれ以上彩華が苦しまないように、愛してるって言っちゃったけど、私本当は彩華の事をどう思っているんだろう?彩華の事は好きだけど.......)  紗絢は、彩華が起きるまで考えていたけど答えは出なかった。  私の彩華への好きは.......  私は.......  自分の気持ちがわからなかった。               
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