~彩華への気持ち~

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~彩華への気持ち~

紗絢は、毎年お盆と正月には実家に帰っていたが、今年のお盆は帰れないので、母親にお盆は帰らないからとメールを打った。  本当は、彩華を連れて実家に帰ろうと考えていた。彩華には、前の日に言うつもりだった。彩華の驚く顔が見たくて。  (しょうがないよね。でもお正月は彩華を連れて帰りたいな)  そう思いながら、時計を見ると、そろそろお医者様が診察に来てくれる時間が、迫っていたので、彩華に「そろそろ先生来てくれるからね」と言うと彩華は不満そうな顔をしている。  「そんな顔しないの、彩華の為なんだからね。だから我慢してね」  紗絢は、往診の予約をしてから、彩華に話しをしたのだ。病院に行きたがらないなら、来てもらえばいいと思ったし、家に来てくれるなら、彩華も諦めるだろうと考えて。  紗絢から、話しを聞いた彩華は何も言わずに俯いたままだった。   ピンポーンとチャイムが鳴ったので、紗絢は、「先生来たよ」と彩華に伝えると玄関に向かう。  往診には、先生と看護士さんの二人で来てくれた。  先生は、優しそうな感じの30代位の女医さんだった。  「こんにちは、早速ですが、彩華さんの状態を診させてもらいますね」  先生は、そう言うと彩華を診察する。  彩華は、不安そうに紗絢にぴったりとくっついていたので、「心配しなくても大丈夫だよ」と声を掛ける。  「お電話で、お話は伺いましたが、もう一度詳しく説明していただけますか?」  先生は、紗絢に聞いてくる。  紗絢は「わかりました」と言うと彩華に出ている症状とこうなってしまった原因をショッピングモールで、母親と妹に会って言われた言葉と紗絢に出逢う前の彩華の状況を説明した。  「そうですか」  そう言うと、顎に手をあてて考える。  「こうなった一番の原因は、ショッピングモールでの事だと思います。多分あなたと暮らす様になって、少しずつですが快方に向かっていた中で再び会ってしまい、言われた言葉で、一気に限界を超えてしまったんだと思います」  紗絢は、やっぱりそれが原因だよねと思いながら、一番気になっている事を聞く。  「あの、彩華は治りますか?元の彩華に戻りますか?」  先生は、少し考えていたが、ゆっくりと話しだす。  「完全に元の彩華さんに戻るとは、言い切れません。本人次第な部分が大きいので。でも、しっかりお薬を飲んでいれば安定はしてくると思います」   紗絢は(彩華、元に戻らないの.......)と考えて暗い顔をしてしまう。それを見ていた先生が、優しい口調で話しだす。  「完全に元に戻るとは言えないけど、ゆっくりと時間を掛けて治療をしていけば、良くなっていきますから、だからあなたがそんな顔していたら、彩華さんに不安が伝わってしまいますよ」  先生は、本人次第ではあるけど、周りの人間のサポートが大切だと話す。不安定になっている心を安心させてあげる事が大切なんだと、側に寄り添ってあげる事が大切なんだと。  「今は、あなたが全てしていると言ってましたけど、彩華さんの為にも出来る限りは本人にさせて下さい。あと本人が興味を持った事もさせてみてもいいと思います」  人によるが、何でもしてしまうと、快方に向かっていく過程でも、良くなってからも自分で何もしようとしなくなってしまう人もいるからと。  「いきなりじゃなくていいので、少しずつ本人にさせて下さい。彩華さんの為にも」  紗絢はわかりましたと頷く。  「薬は、近くの薬局で貰って下さいね。あと次はそうだなぁ~一月後に往診に来ますね」  先生は、そう言うと処方箋を出してくれる。  「あなたを、こんなに心配してくる優しい人が側にいてくれて彩華さん幸せね」  彩華に語り掛けるが、彩華は何も言わずに俯いたままだった。先生は、そんな彩華に優しく微笑むと「今日からお薬飲んで下さいね。何か変わった事があったら、電話して下さいね」と言うと帰って行った。  (彩華が、完全に元に戻らなくても、私は彩華の側にいよう)  紗絢は、そう心に決めた。  「彩華、お薬貰いに行くついでに本屋さんでも行こう。確か新しい本出る日だよね?」  「うん.......」  彩華は、素直に頷くがお医者様が来た事が不服なのか不機嫌そうだった。  薬を飲み始めてから一週間が経った、彩華は相変わらず不安定ではあったが、少しは良くなってるのかなと紗絢は思っていた。  ただ彩華は、事ある毎にキスをせがんだ。  紗絢は、彩華の為になると思い応じていたが、正直悩まずにはいられなかった。  キスだけではなかった。彩華の為になると思い恋人になったが、仮初めである。  彩華が、もし元に戻って紗絢とは仮初めの恋人だと知ってしまったら、その時こそ彩華の心は完全に崩壊してしまうような気がして怖かった。  (いくら彩華の為になるからって、本当に今のままでいいの?)  紗絢が悩んで、難しい顔をしていると、突然彩華がキスをしてきた。  「ひゃ、ひゃやか!」  不安そうな顔で、更に唇を押し付けてくる。(彩華どうしたんだろう?)と思いながら彩華のキスを受け入れる。  長いキスを終えて、彩華が唇を離すが何も言わない。  「どうしたの?寂しくなったの?」  彩華は、ふるふると首を振っている。  ならどうして?紗絢は思ったが、もしかして私を心配してくれたの?と思って聞いてみる。  「もしかして、心配してくれたの?」  彩華は、何も言わないけど、彩華の瞳がそうだよと言っている気がした。  「ありかとう。私は大丈夫だよ」  そう言って、彩華を抱きしめる。  紗絢の考えた通りだった。彩華は、難しい顔をして悩んでいた紗絢が心配だったのだ。  どうしていいかわからなくて、不安になって紗絢にキスをしていたのだ。  彩華にとって、紗絢が全てだった。彩華の世界には、紗絢しかいなかったから。  心を病んでしまった今でも、紗絢を愛してる事と紗絢が全ては変わらなかった。    彩華のスマホから、紗絢は自分の連絡先を彩華の母親に連絡していた。  休学手続きの事を連絡してもらう為に。  紗絢のスマホに、彩華の母親から休学手続きしておきましたとだけメールが来たので、 紗絢は、わかりました。ありかとうございますと返事を書いた。  彩華の事は書かなかった。書いても、心配などしないだろうと思ったから。  どうして、平等に愛せないのだろうと紗絢は考えていた。  確かに下の子が産まれたら、下の子に手が掛かるのは、子供のいない紗絢でも何となくはわかる。だからって、彩華をいない者として扱う理由にはならないし、理解出来ないし出来る筈がなかった。  母親が下の子に手をとられるなら、父親が彩華の面倒を見れば、相手をすれば済むのにと紗絢は思った。  (そう言えば、彩華から父親の話し聞いた事ないな)  父親は、育児に興味のない人なのかな?  紗絢は、そんな事を考えながら食事の準備をしていた。   夏休みが終わって、月が変わっても相変わらず、彩華は何もしようとしなかった。ただ無気力にペンダントを握りしめて、ずっと旅行で買ったオルゴールを一日中聴いているだけだった。  紗絢は、彩華に何かさせたかったが無理にさせてもと思い。言えなかった。  来週には、先生が往診してくれるからその時に聞いてみようと思い、紗絢は仕事に戻った。  音が紗絢のお願いを聞いてくれたお陰で、紗絢は自宅で仕事が出来ている。  音からは、たまに元気にしてる?大丈夫?とメールが来ていたので、紗絢は心配掛けてすいません。元気にしてますと返事を書いていた。   先生が往診に来てくれた。  「状況はどうですか?」  「以前よりは、安定してきたと思いますが、まだ突然泣き出したり、大声で喚いたかと思ったら俯いてしまったりはあります」  「不安になるかもしれませんが、見守ってあげて下さい。絶対に怒ったり、否定したりはしないで下さい。大丈夫だよ、怒ってないよと安心させてあげて下さい。否定したり、怒ってしまったりすると症状が悪化してしまう事もありますので」  「わかりました、先生一つ聞きたいんですが」  「何ですか?」  「前回の往診時から、彩華に何かさせたいと思っているんですが、相変わらず何もしようとしなくて、それで待った方がいいのか、させた方がいいのかわからなくて」  「そうですか、待つのも一つですが、無理矢理でなければ、させてもいいと思います。一緒にやろうと誘って、一緒にやってみるといいかもしれません」  「わかりました。少しずつですが一緒にやってみようと思います。彩華が嫌がらなければですが」  先生は、優しく微笑むと彩華を見て「彩華さん、またね」と言って処方箋を紗絢に渡して帰って行った。  先生が帰った後も、彩華は紗絢から離れようとせずに、紗絢に抱きついたまま何故か紗絢を睨んでいた。  「彩華どうしたの?」  彩華は、不機嫌そうにしたまま答えない。  彩華は、紗絢と話していた先生に嫉妬していた。そして自分以外の人と話す紗絢に怒っていた。   「もしかして、私が彩華以外とお話ししてたから怒ってるの?」  彩華は何も答えないが、そうだと目が物語っていた。  「しょうがないなぁ~彩華は。彩華の為のお話しなんだから我慢してね」  彩華は、不機嫌そうにしたまま何も言わない。  紗絢は、しょうがないなぁ~と言いながら彩華にキスをする。紗絢がキスをすると彩華は、少しだけど嬉しそうな顔をしてくれるから。  彩華にキスをしながら紗絢は戸惑っていた。最初は、彩華の為になると思いキスをしていたが、最近は紗絢自身、彩華にキスをすると満たされた気分に幸せな気持ちになる。  そんな自分に戸惑っていた。  (私、彩華ちゃんを.......でも.......)  紗絢は、キスが終わっても考えていた。  結局、夕食の最中も、お風呂の時にも考えていた。お風呂の時には、何故か彩華の裸に妙にドキドキしてしまって、私どうしたんだろう?と更に悩んでしまった。  「おやすみ、彩華」  彩華にキスをして、紗絢も目を閉じるが寝られない。  彩華への自分の気持ちを考えると、眠いのに中々寝られないでいた。  (私、彩華を本当に愛してしまったの?)  彩華を抱きしめると、彩華にキスをすると幸せになる自分がいる。  彩華を求めてしまう自分がいる。  (でも、もし彩華が私を愛してると言ったのは、思っているのは、心を病んでしまってそう思い込んでいるだけだとしたら)  紗絢は、怖かった。学生時代に告白して振られた事を忘れる事が出来ず、社会人になってからは、好きな人が出来ても告白出来なかった。  自分の気持ちを抑えて、告白出来ずに片想いで終わっていた。  だから彩華ヘの想いが恋だとしたら、もし彩華が元に戻って、実は私の事を愛してるのは、間違いでしたと言われてしまったらと思うと、怖くて仕方なかった。  だからこの想いは、間違いなんだと、私の彩華を好きだと言う気持ちは、恋愛じゃなくて、友達としてなんだと無理矢理自分に言い聞かせて眠りにつく事にした。 季節が、秋へと移ろい始める。  紗絢の彩華への想いは、大きく膨らむばかりだった。  それでも、紗絢は自分の彩華への気持ちを偽り続けていた。  (私は、彩華を人として好きなだけなんだから、私は彩華を愛してなんて.......)  自分の気持ちに蓋をして、彩華との生活をし続ける。  そんな日々を繰り返していた。 彩華は、少しずつだが紗絢の手伝いをする様になっていたが、まだ波があった。  調子の良い日には、手伝ってくれるが、調子の悪い日には、一日中俯いたまま独り言を呟いている。  少しずつ快方に向かっている気はするが、相変わらず、外には出たがらず、紗絢が買い物に連れ出しても、紗絢から離れなかった。  酷い時には、買い物中に突然泣き出す事もある。  その後は、暫く俯いて、独り言を言う日々が続いてしまう。  紗絢は、正直疲れていた。  彩華への想いに蓋をして、偽る自分に疲れてしまい、つい彩華を置いて一人で家を出てしまった。  彩華への想いを、偽り続ける自分が嫌になっていた。 (もう.......疲れた.......)  一人街を宛もなく歩いていると、声を掛けられたら。  「黒崎さん?」  紗絢が疲れた表情で、顔を上げると、音がいた。  音は、紗絢を見ると、すぐに紗絢がおかしいと気づいた。  「黒崎さん、あなたどうしたの?」  「音先輩?」  「凄く疲れた顔をして、彩華さんだっけ?その子の状態が芳しくないの?」  「い、いえ彩華は、まだ不安定ですが、少しずつ快方に向かっているんですが.......」  音は、紗絢の言葉に何かを感じ取る。  「黒崎さん、少し時間ある?良かったらお茶でもしながら、少し話さない?」  誰かに、話を聞いて欲しかった。だから紗絢は、素直に頷く。  「なら行きましょう。近くに落ち着いた雰囲気のカフェあるのよ」  そう言うと、音が歩きだすので、紗絢はついていく。  店員さんが、二人を席に案内してくれる。  「黒崎さんも、ホットカフェオレでいい?」  「はい.......」  ホットカフェオレを2つ注文すると、音は話し始める。  「凄く悩んでます。考え過ぎて、疲れてますって顔してるわね。考えても答えが出なくて、どうしていいのかわからないって顔してるわね」  音の言葉にドキッとする。自分より、人生経験も恋愛経験も豊富な音には、紗絢の悩みがわかっている感じがする。  「あ、あの.......」  どう話していいかわからずに、紗絢が口籠もっていると、音が再び話し出す。  「黒崎さん、あなた彩華さんの事好きなんでしょ?人として、そして恋愛対象として」  「!!」  紗絢は、あまりに的確な音の言葉に、正直焦る。どうしてわかるの?と顔に出てしまう。  「ど、どうして、そう思うんですか?」  「どうしてって、顔に書いてあるし、好きな人がいるけど、想いを伝えていいのかわからないって」  紗絢は(音先輩って、超能力者なの?)と思ってしまう。  「私は、超能力者でも人の心を読める人でもないわよ」  思っていた事を、言われ更に焦ってしまう。  「あなたが、入社してから何年あなたと仕事してきたと思ってるの?これでも、あなたを気に掛けていたんだからね」  音がさらっと話す。  確かに、紗絢が入社してから、音だけは常に気に掛けてくれていた気がする。  紗絢が、いくら失敗しても音だけは厳しくも優しく見守ってくれていた気がする。  「それで、あなたは彩華さんの事が好きなの?愛しているの?人の恋愛に口を挟むのは野暮な事だとは思うけど、どうなの?」  紗絢は、悩んだけど音先輩になら、正直に話してもいいと思った。  「好きです。一人の女性として愛してます。私、昔から女性しか恋愛対象にならなくて.......」  紗絢の告白にも、音は、動じる事はなかった。  紗絢は、彩華の為に偽りの恋人になったけど、本気で彩華を愛してしまった事を、そして自分の過去の事を正直に話していた。  「そう、それであなたは彩華さんが元に戻って、あなたへの気持ちは偽りでしたと言われるのが怖くて、それで彩華さんへの想いを偽りだと思い込もうとしているのね」  「はい.......」  「相変わらず、駄目駄目ね」  「えっ?」  「えっ?じゃないわよ!誰だって振られるのは怖いものよ。それでも、皆勇気を出して告白するのよ。だって好きなんだから仕方ないじゃない」  「で、でも.......」  「あなたの気持ちもわかるけど、好きなものは好きなの。わかる?」  「はい.......」  「なら伝えなさい!うじうじしてても仕方ないわよ。そして、彩華さんが治ったら、もう一度伝えなさい!わかった」  「で、でも」  「でもじゃない!」  紗絢が返事をしないので、音は紗絢を無視して更に続ける。  「黒崎さん、あなた過去に囚われたままでいいの?本当は、そんな自分と決別したいんじゃないの?そんな自分が嫌なんじゃないの?」  音の言う通りだった。紗絢は、過去の事に囚われて、前に踏み出せないでいた。踏み出そうとする勇気が無かった。  だから彩華への想いも、偽りだと思い込む事で、間違いなんだと思う事にしたのだ。思い込もうとしていた。   「あなたは、それでいいの?自分の気持ちを偽ったままで、それでこれからも彩華さんとの生活を続けていくの?続けられるの?あなたの彩華さんへの想いは、その程度なの?もしそうなら、そんなのは愛じゃなくて、ただの同情ね」  音は、紗絢を思うからこそ、厳しい言葉を投げかける。後輩として、人として紗絢の事を大切にしていた。  「......」  「あなたの、本当の気持ちはどうなの?私は、同性愛を否定するつもりはないし、恋愛は人それぞれって思ってるから、だからあなたの本当の気持ちを話して」  音が優しく語りかける。  「わ、私は、彩華が.......彩華が好きです。愛してます。同情なんかじゃなく、一人の女性として彩華を愛しています」  紗絢は、泣きながら音に自分の気持ちを伝える。  「泣く位好きなら、ちゃんと伝えなさい。さっきも言ったけど、彩華さんが治った時にも伝えるのよ。わかった?」  紗絢は、泣きながらこくんと頷く。  「本当に、不器用ね。困った後輩なんだから、私の娘でももう少し自分の気持ちに正直よ」  音がさらっと告白する。  「えっ?娘って、音先輩って結婚してるんですか?」  紗絢は、驚きのあまり泣いていた事すら忘れて聞いてしまう。  「未婚の母よ。私が妊娠したのを知って逃げたのよ」  音は、何もないかの様に答える。  「それからは、恋愛はしてないわね。黒崎さんが羨ましいわ」  「えっと、娘さんって何歳なんですか?」  「もう中学生になるわよ」  「ちゅ、中学生!」  音先輩っていくつなの?見た目は30代前半にしか見えない。  「あなた、今私何歳なのって考えたでしょ!」  「そ、そんな事考えていません!すいません!」  つい謝ってしまう。  音は「やっと普段の黒崎さんね」と笑う。  「せ、先輩」  「私の年齢を会社の人に聞いたら、明日はないからね。わかった?」  「は、はい!」  「なら早く帰ってあげなさい。彩華さん心配してるわよ。私も帰らないと、親から娘を放ったらかしてって、お小言言われるしね」  音に言われて、紗絢は彩華に何も言わずに出て来てしまった事を思い出す。  「はい、先輩ありがとうございました。先輩に聞いてもらって、私自分の気持ちに素直になれました」  「いつでも話し聞くから、聞いて欲しくなったら連絡しておいでね」  音が優しく微笑みかけながら言ってくれる。  紗絢は、音に心から感謝して頭を下げると家へと急いだ。  「彩華、ただいま!」  リビングの扉を開けて、明るく言うけど彩華は、「何処行ってたの?」と言うと泣きながら抱きついてくる。  彩華の瞳は、不安と悲しみに満ちている。  紗絢に捨てられたらと思ったのだ。  「紗絢いないから、私怖かった、紗絢に捨てられたって.......」  泣きながら、紗絢に「怖かった、もう紗絢が帰って来ないと思った.......」と何度も何度も言ってきた。  「彩華ごめんね。心配掛けて、私は何処にも行かないよ彩華を置いて何処にも行かないよ。ずっと彩華の側にいるから安心してね」  優しく微笑みかけながら、彩華を安心させる様に、彩華の頭を撫でながら話す。  それでも、彩華は不安そうに見つめている。余程怖かったんだろうと思い、そっと彩華にキスをして、大丈夫だよ、ずっと一緒にいるよと語りかけた。  紗絢は、彩華に自分の気持ちを伝えようと考えていたが、いざ伝えようと思うと中々伝えられずにいた。  結局帰ったら、すぐに伝えようと思っていたのに、夕食になってもお風呂を終えても伝えられずにいた。  (寝る時には伝えないと)  そう思いながら、彩華と二人でテレビを観ていた。  彩華が眠そうにしていたので、二人で寝室に行く。  紗絢の心臓は、飛び出さんばかりに、煩い位にドキドキと高鳴っていた。  いざ伝えようと思うと、緊張のあまり何て話を切り出していいのかわからない。  (な、なんて切り出せばいいんだろう?)  紗絢が、そんな事を考えていたら彩華が寝てしまい、結局伝えられなかった。  彩華に、想いを伝えようと決めた日から、数日経ったが、紗絢はまだ伝えられてはいなかった。  音から伝えたの?とメールが来たので、まだですと返事すると、早く伝えなさい!とお怒りメールを貰ってしまった。  「ハア~」  紗絢は、溜息をついてしまう。  中々伝えられない自分に。  (せっかく音先輩が、話を聞いてくれたのに)  紗絢が悩んでいる横で、彩華は紗絢に引っ付きながら、オルゴールを聴いていた。  紗絢が、彩華を置いて一人で出掛けてしまった日以来、彩華は紗絢から離れようとしなかった。  お仕事をしていても、料理をしていても常に紗絢の側から離れようとしなかった。  紗絢は、そんな彩華を見ながら、今日こそは伝えようと決めた。  寝室に行くと、紗絢は意を決して彩華に話し出す。  「彩華、聞いてほしい話があるの」  彩華は、無言で頷く。  「あ、あのね。わ、私、彩華の事を愛しています!彩華の事を誰よりも愛しています!」  勢いで伝えた。そうしないと、言えそうになかったから。  彩華は、こくんと頷くのみだったけど、その顔には、僅かだが喜びが見えた気がした。  「あ、彩華は、私の大切な人だから、これからもずっと一緒にいるからね」  彩華を、そして自分を安心させたくて、紗絢は何度もずっと一緒にいるからねと彩華に伝えていた。  彩華は、紗絢に抱きつくと、キスをしてきた。紗絢は、今までで一番素直な気持ちで、彩華のキスを受け入れた。  紗絢の心に幸せの灯りが灯った。過去の事を忘れられずに、自分の気持ちを偽り続けた紗絢だったが、音の言葉のお陰で変われた。  紗絢は、音に感謝しながら、明日音にちゃんと告白しましたと伝えようと思いながら、何度も彩華にキスをした。  次の日、早速音にメールをした。  音からは「これから色々あるだろうけど、いつでも相談乗るから、頑張りなさい」と返事が来た。  紗絢は、自分の気持ちを伝えられて、本当に良かったと思いながら、後は彩華が早く元の彩華に戻ってくれないかなと考えていた。  もう一度彩華の笑顔を見たいと思った。  あれから一度も、彩華は笑顔を見せていないから。  紗絢にキスされても、抱きしめられても、そして昨日紗絢が自分の想いを伝えた時も。  僅かに嬉しそうな顔はしても、笑顔を見せる事は無かったから。  もう一度彩華の笑顔が見たかった。   紗絢は、どうしたら彩華がもう一度笑顔を見せてくれるのか、心からの笑顔を見せてくれるようになるのか悩んでいた。  そんな紗絢の横で、彩華はいつも通りペンダントを握りしめながら、オルゴールを聴いていた。                   
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