リラ

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ここが最後かなといかにも人が造った岩のところにきて、その上に重ねるようにまわりの崖肌と同じだけど、まわりよりもかたいものを塗るように作り出して、そこに血をつけて願いをかける。 最後はサンギーヌに見つからないように、というもので。 封印を解くとすればサンギーヌとなる。 魔女に見つからないようにあるのが1番のこと。 見つかることさえなければ、頑丈につくったから普通の人間には簡単には壊すこともできないものとなってくれる。 後ろを振り返ると、王子様は兵士を脇に抱えてよくやったという笑顔を見せてくださって、私は恥ずかしくも自慢げになる。 私ができること。 私だからできること。 もっと力や知識があれば、もっといい方法ががあったかもしれないけれど、私にできるのはこれだけだった。 それでも役に立てたと思えるとうれしい。 自然と笑顔になる。 あたりの霧も晴れているし、もう大丈夫かなとハロルドさんをここへと呼んでみた。 ハロルドさんはこなくて。 あれ?と、何度か呼んでみる。 ノア様?と呼んでみたら、ノア様はふっと目の前に現れてくださった。 どこか傷だらけのお姿で。 「ノア様っ!?」 なにがあったの?と問いかける言葉よりも名前を呼んで。 ノア様は今の居場所を見られると大きく息をついて、どこか構えた姿をほどかれる。 「ハロルドが魔女になった。まだ森に潜んでいるから気をつけろ」 ノア様は私と王子様に仰る。 「魔女になった、って、ハロルドはリル様の…」 伯爵様が言いかけて。 「いや。本当に不安定なものだったのかもな。上からリルの従僕になるように呪術をかけ直せば戻る可能性はあるけど」 王子様は仰って、脇に抱えていた兵士を伯爵様に預けられた。 「ノア。いこう。どのあたりだ?逃げはしていないんだろ?」 王子様はこちらから出向くといった様子で仰る。 「森の中に隠れている。なにかが乗り移った感じでもないけど、俺や兵士に魔法で近寄らせないようにしてくれて、声をかけてもくるなばかりだ」 「魔女になった女2人は自我を持ったまま、その能力を自分の望み通りに使おうとしていた。ハルも自我はあるはずだ。距離をもって話し合いにはなるだろ?」 「……女のほうが適性あるのかもな、魔女化。ハロルドは魔女に支配されているかのように怯えていたし。あれはサンギーヌになってしまったから、俺や兵士に殺されると思っての行動かもしれない」 ノア様はハロルドさんの様子をそんなふうに言ってくれる。 望んでるわけじゃないけど敵になるしかなくて、殺されそうでこわいというものかもしれない。 リラとして崇拝されるようなことがあったから、余計に国中が敵に思えているのかも? そうだとしたら、ハロルドさんがかなり哀れ。 サンギーヌだから敵というわけじゃないと思ってもらいたい。 私はサンギーヌを倒す使命なんて持っていない。 迷惑なことをしないでくれればいいだけ。 シャーリーさんだってメイドさんだって恨んでいるわけじゃない。 私が自分の命を守るために敵になっただけ。 抗わなければ私が殺されただけだから。 その命をもらわないと私が殺されるだけだから。 共存できるなら、私は別にハロルドさんに敵意を向けたりはしない。 「クロト様、ノア様、ハロルドさんを傷つけないようにお願いしますねっ?」 私はそんな声をかけさせてもらった。 「見境なく襲われたらこちらも抵抗はする。その結果に殺めてしまっても責めないで欲しい。リルも俺かノアに化けたハルに殺されないようにな?」 「そうなる前に呼びます」 私が答えると、王子様はそれでいいと小さく笑顔を見せて、ノア様に案内されるように森の奥へと進まれる。 霧が晴れても森の木々が重なって、遠くまで見えるものでもない。 王子様とノア様の姿も物音も聞こえなくなって、残された私と伯爵様は、サンギーヌに1度憑かれた兵士の手当を試みる。 私の血を直接、兵士に流し込む。 なにかが出てきても、伯爵様が対処してくださるとして。 血を与えて目覚めてとしても、目を開けてくれない。 「やはり水で一度体内を清めてからのほうがいいのではないでしょうか?」 あれは効果的だったと伯爵様は仰って、今度は川の水を手で掬って与えてみる。 兵士が飲み下すと、その効果はすぐに現れて、伯爵様は兵士が吐き出したものを掴んで引きずり出された。 黒い蛇。 ハロルドさんの中にあったものと同じ。 本物のシギュンさんがかけた呪いは蛇で、メイドさんがかけた呪いがトカゲだったのかなと思う。 蛇の首を掴んで易々と伯爵様は咬まれることなく対処してくださる。 「伯爵様がいてくださって心強いです。ありがとうございます」 「いやいや。森の守護者、蛇程度に咬まれるわけにはいきませんからな。本物の蛇も…」 なんて伯爵様は川ににょろにょろしていた蛇に剣を向けられて、ザクっとされた。 蛇は刺されたまま伯爵様に牙を剥いて噛みつこうとして、伯爵様はその頭を斬られる。 蛇は砂になって消えた。 「ああいうものがいたときの対処を教えていただいてよかったと言うべきか。蛇はサンギーヌの遣いかもしれませんな。川の下のほうで流行った奇病は魔女の呪いなのか」 「奇病?ですか?」 私が聞くと伯爵様は頷かれる。
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