お薬

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大きな山から流れた水が川となって海へと向かっていく。 ベルミラを流れる大きな川と、森にあった沢が川になって合流する場所に伯爵様が仰っていらした村はあった。 たくさんの畑があるのどかな山の麓になる村。 村の様子も気になるけれど、それはもう解決されたことのようだし、ノア様と王子様の立場を考えて家の近くは通らずに農道を走って山に入った。 登山道。 ちゃんと整備された道があって、急な上り坂とならないように蛇行する長い緩やかな上りの道になっている。 道は馬車が通れるような広さもなく、だから騎馬なのだとよくわかるもの。 ここを通る人も多くはいないのだろう。 少し拓けた場所に出ると、そこでピクニックにきたかのように持たされた軽食を広げてごはん。 地図を確認して目的地となる場所を見る。 ここからまだ道は続いているのだけど、それは山を越えて南側に位置する町へいくためのもののようで、私が目指したい沢のある場所へはさすがに道もない。 馬に乗っているのは楽だったけれど、ここからは徒歩となる。 ノア様が磁石で方角を見てくださって、地図と照らし合わせて案内してくださる。 山深い森。 獣道の斜面はこの靴でよかったと思えるもの。 私には無理だーっとなりそうな崖をのぼるときには、王子様が軽々と私を抱えてくださる。 「さすがにリルが小さくてよかったって思うな、これは」 なんてよいしょと地面におろしてくださりながら、王子様は仰る。 私も思う。 ずっと抱っこと王子様の背中に乗っていてもいいくらい、険しい道。 ノア様、さすが森の守護者。 簡単に山をするする登られて、ここなら登れるというところを教えてくださる。 木のツルをロープがわりにしたり、足を滑らせて転がり落ちてしまいそうになりながら、なんとか辿り着けたところは、沢の始まり、水が静かに少しずつ湧き出るだけの、濡れた木の葉があるだけの場所だった。 「たぶん、ここだ」 ノア様は水が流れる筋を軽く示されて、地図の中の私が見た滝はこのあたりになると教えてくださる。 小さな細い水の通り道。 私一人では絶対にたどり着けなかったと思う。 兵士と一緒にきても辿り着けたのかとてもあやしい。 ノア様に感謝だ。 そばに屈むと、あたりの落ち葉をはらって、軽く掘ってみると、どこから出てくるのか綺麗な冷たい水が掘った場所に溜まる。 冬の水のように冷たい。 汚れた手を洗って、もうちょっとわかりやすくなるように、深く掘ると噴水のように水を押し上げて出てくるのがわかった。 ここにどんな魔法をかければいいのか少し悩む。 願うものは疫病のもととなることがないように、なのだけど。 水が涸れてしまえばいいというわけでもない。 これは山に住む動物たちの大切な水となるはずだから。 私が迷っていると、王子様とノア様は暇を持て余したかのように更に掘って小さな泉になっていく。 年月が過ぎると木の葉に埋もれてしまいそう。 「この水がどうあればサンギーヌの血が混じったものにならないと思います?」 私ももう少しと掘ってみる。 王子様もノア様も試すように澄んだ水を手に掬って口に含まれる。 美味しかったらしい。 こくんと飲んでしまわれた。 「薬になればいいな、これ。サンギーヌの血で血が汚れてもこれを飲めば治る、みたいな」 ノア様は仰る。 うーん。できる…かな? 願えばできるかもしれないけど、それは少し難しいかもしれない。 「単純にそのまま、サンギーヌの呪術が効かないもの、だろ?」 王子様が仰って、それだと納得。 湧き出た水がサンギーヌの呪術に作用されないものが前提の上での薬にならなるかもしれない。 わかりやすくなるように、まわりを石でかためて、水はずっと湧き続けるものであることから、まわりの石に願いをかける。 ここから湧き出た水がサンギーヌの呪術に作用されないものであるように。 病を散らすものではなく、薬となるものであるように。 どうせならおいしいものがいい。 なんて石を積みながら願いをかけて、指先に傷をつけると、そこに溜まった綺麗な清らかな水に指を浸して、つくった石にふれていく。 我ながら人には理解しがたいことをしていると思う。 オリジナルな呪術しかわからない。 それしかできない。 私なりの方法で、これならきっとできると考えてやってること。 それでも、これで多くの人がこれから救われてくれるなら、私がうれしい。 胸の前で手を組んで祈って完成。 できたはずだけど、実際どうかは誰にもわからない。 見た目にも変化はない。 ここに穴があいてることになる。 嵌りたくないなと思って、間に合わせの蓋を石でしておいた。 石だけど。 とりゃっと私が指でつついただけで穴があく。 横に穴をあけたら、そこから水が湧き出たぶんだけこぼれるものができあがった。 「終わり?」 「はい。ありがとうございました」 私はぺこりとノア様と王子様に頭を下げる。 「で、次は?どこいく?」 まだどこかにいくかのように王子様は聞いてくださる。 え?と王子様を見ると、私に笑いかけてくださる。 「近場の貴族には顔をよく知られてはいるけど、民はほとんど俺の顔なんて知らないだろ。俺が王子だなんてバレない、バレない。旅に出るならリルの従者としてお供するよ」 「た、旅に出るなんて言ってませんっ」 「言われなくても、リルがあの家で親の後を継ぐように仕立て屋をする気がないのは家を見ればわかる。布も糸もなかった。仕立て屋の道具となりそうなハサミやメジャーもなくなっていた。なんかかっこいいタキシードが飾ってあったけど」 王子様は私が家を出たあとのあの家を見て私を追われたらしい。 全部全部見られていて、なにも言い訳が浮かばない。 旅に出たいのは…王子様から離れるため。 王都だとお城を見るたびに王子様のことを考えてしまいそうだから…。 王子様がついてくるなんて思ってもみなかった。 そんなことさせちゃダメだとも思う。 「あては…ないんです。だから、いつ戻れるかもわからないし…」 「いいよ。俺もそのつもりだった。いつ戻るとも言わないで城内が忙しくしているのをいいことに飛び出してきた。リルには1人で旅はできそうにないから。俺もついていく」 王子様は笑顔を見せられる。 それが不満なのに。 なぜかうれしくも思ってしまう。 ダメだと自分を引き止めたいのに。 正直な気持ちはただうれしい。 一緒に…いたかった。 最後なんて嫌だった。 涙を目にあふれさせてしまいそうになっていると、王子様の手のひらが私の頬にふれる。 「俺もリルに力をわけられるくらいになりたい」 なんて言葉と近づく唇に求めるように目を閉じようとして。 王子様の首が仰け反るかのように離れた。 王子様の後ろには当然のようにノア様。 「色ボケ王子。俺がここにいること忘れてるのか?」 不機嫌にノア様は王子様に聞かれる。 王子様の髪を引っ張るのはノア様くらいだろう。 「嫉妬するから、おまえはくるなよ?おまえに嫉妬されるのもめんどくさい」 「おまえにだけはリルをやりたくないんだよ、ボケ」 そんな会話が王子様とノア様の間で交わされる。 私の初恋はいったいどこまで私の平穏を乱していくのか。 それでも。 王子様に気にかけてもらえることだけで私の心は浮かれている。 浮いたり沈んだり。 私の心は王子様からなかなか離れられない。
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