1人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日も同じように妹を保育園に送り、僕は学校に行き、授業が終わったらちぃを迎えに行く。
それから適当に夕食をとって、風呂に入る。
シャツを脱いだ時、ふと洗面台の鏡を見る。正確には、鏡に映った自分の背中を。
そこにはいくつもの痕があった。小さな円形の、やけどの痕が。こんな目にあうのは僕だけでいい。ちぃが生まれた時に誓った。妹には傷一つ付けさせないと。灰皿の代わりになるのは僕だけで充分だと。
シャワーを浴びて自室に戻り、しばらくすると玄関の開く音。階段を上る音。それから、扉をノックのする音。今日はドアは開かなかった。足音が遠ざかったのを確認して、ベランダに出る。
「あと、に……ふつか?」
ちぃは指を二本立てて首をかしげる。
「そう、ふつか。二日だ」
酔った男の傍で、母さんがうずくまって泣いている。ボサボサの髪の男が大きな声でわめいている。
僕はその様子を、薄く開かれたドアの隙間から見ていた。
ふと、男が僕の方を向く。目が合う。血走った目。
逃げようと思うのに、体が動かない。
男は足音も荒くこちらに来る。ドアを蹴り開け、僕の胸ぐらを掴んで――。
目を覚ますと、パジャマが汗で湿っていた。鼓動が早い。
カーテンの隙間からは朝の光がキラキラと差し込んでいた。
僕は吐きそうになりながらも学校に行った。
その日の夜。また、ノックの音。でも今日は、それだけじゃなかった。
「聖也くん、入るよ」
声がして、部屋に入る音。椅子に座ったのだろう。カタンと音がした。
僕は布団をかぶり、小さく丸まっていた。
「また、保育園に行ったんだってね」
僕は応えない。ギュッと祈るように両手を握る。
「あれからもう三年になるんだ」
なおも応えないでいると、ため息が聞こえた。
「また明日、話そう」
もう一度ため息。それから部屋を出ていく音。
ほっと息を吐いてベランダに出ると、ちぃは残念そうに眉尻を下げていた。
「くもっちゃったね」
朝は晴れていたのに、夕方から雲が出てきていた。
「明日は、晴れるかなあ」
「晴れるよ。大丈夫」
心配そうな顔をしていたちぃは、
「晴れると良いなあ」
と、キラキラとした笑みを浮かべた。
晴れる。きっと大丈夫。僕たちは一緒に、流星群を見るんだ。絶対に。
最初のコメントを投稿しよう!