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「晴れたね!」
ちぃはベランダで小さくはしゃぐ。
晴れたけど、まだ流星群は見えない。
「真夜中くらいが一番よく見える――」
言いかけて、口を閉じた。ノックの音が聞こえたから。続けて、
「入るよ」
という声。
僕は固まる。その人は、僕の隣まで来た。
「また、千津ちゃんと話していたの?」
そう話しかけてくる。
「聖也くんはこの時期になると、そうするよね」
そうする?ちぃはそこにいるんだから、話すのは当然じゃないか。ほら、そこに……。
「ちぃ?」
いない。どこにいるの。どこに行ってしまったの。
きょろきょろとちぃを探していると、がしりと両肩を掴まれた。
「落ち着いて、聖也くん。俺を見て。俺が誰か、わかるか?」
僕はその人をぼうっと見る。一瞬恐ろしい顔が見えた気がしたけど、それは幻覚だった。
暴力的ではなく、優しい顔立ち。髪は整えられ、無精髭もない。
――この人は、あの男とは、違う。
霧が晴れるように。夢から覚めるように。モノクロの世界に色がつくように。僕はその人が誰だかはっきりとわかった。
「和光、さん……」
「そうだよ。聖也くん」
和光さんは微笑んで、うなずく。算数の問題が解けたときに、母さんが見せてくれたような微笑みだった。「よくできたね」と言うような。
「聖也くんが千津ちゃんのことを諦めきれない気持ちはわかる。俺だって、君たちを幸せにしたかった。守りたかった。悔しいんだ」
和光さんの瞳は潤んでいた。僕は俯く。和光さんは続けて言葉を紡ぐ。
「でも、もう、やめよう。お母さんも、千津ちゃんもいない。俺と聖也くん、二人だけなんだ。二人で、生きていかないといけないんだ」
一言一言噛みしめるように。自分自身にも語り聞かせるように。
「俺は聖也くんを、幸せにしたい」
和光さんを見て、決意のこもった真っ直ぐな瞳にうろたえる。この人は、前に進んでいる。なのに、僕は。
三年前、ようやくあの男――僕らの本当の父と別れ、母さんは和光さんと再婚して幸せな生活が始まった、その矢先のことだった。ちぃと母さんは保育園からの帰り道、暴走した車にはねられた。即死だったという。運転していたのはあの男だった。
三日後の流星群を家族みんなで見ようと約束していた。ちぃも僕も、楽しみにしていたのに。
僕は事故が起きたという事実を認められなかった。認めたくなかった。
僕が守ると誓ったのに。これから幸せになるはずだった僕たちを。大好きな、妹を。守れなかったなんて。
それから毎年、この流星群の時期になると、僕はちぃの幻を見るようになった。あの時に戻って、果たせなかった約束を果たそうとした。和光さんを、困らせていた。僕が過去にとらわれていたから。
「流星群を、見るはずだったんです」
ぽつりと僕は言う。
和光さんは「そうだね」と頷いた。
「見よう。二人で」
僕たちは空を見上げる。雲ひとつない、満天の星。一分も待つ必要はなかった。きらりと、光が流れる。
「あ」
僕は思わず声を上げる。
「見えた?」
「はい」
和光さんが訊くので、僕はうなずく。続けて二つ、三つ。キラキラと光が流れてくる。
「ちぃ」
僕は小さく名前を呼ぶ。
「千津ちゃんも、お母さんも。きっとこの流星群を見ているよ」
降る。星が、降る。たくさんの星が流れて、僕の頬を濡らした。
声をあげて泣いた。あの時からたまっていたものを一気に吐き出すように。
少しずつでも、前に進まないと。時間は残酷にも流れていくのだから。
和光さん――父さんはずっと、背中をさすってくれた。夜が明けて、星々が見えなくなるまで。
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