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閑話 カワウソの趣味
「なあ、ソウってなんか趣味とかあるのか?」
「趣味……ですか?今まで聞かれたことがないので、考えたことがなかったですねえ。趣味、趣味……」
うんうんと首をひねっているカワウソだったが、ポンと手を叩いて言った。
「思いつきました。私の趣味は読書です。本を読むのが大好きなんですよ」
なるほど。ソウは俺と二人きりになると、ずーっと喋っている気がするが、たまに何も喋らない時がある。それが本を読んでいる時だ。
本棚から一冊渡すと、バスタオルで作った寝床に運んで、そこで静かに読み始める。
さすがに持って読むのは難しくて、本は床のうえに置く。そして前足(というか、いっそ手と言ってもいいだろう)を使って、器用にページをめくる。
ソウの手は、ちょっと毛深い人間の手みたい。いや、それは言い過ぎだけど。でもそう言いたくなるほど指が長くて物を上手に持てる。
指の間には水かきがあるから、あまり大きく広げられないのか? いや、そんなことはないな。小魚を上げようとしたら、すっごく喜んで受け取ろうとがばっと指を開いて手を差し出すので、水かきが良く見えた。そして落とさないようにしっかり魚を掴んで食べる。しっぽの方からからバリバリと。その時の手の形は、まるで子供の手のようで、見ていて微笑ましい。
ソウは胴体は長いけど痩せていて、近所にいるポッチャリ猫よりも少しだけ小さい。だから俺は、カワウソって普通に小さいのかと思ってたよ。調べてみたら本当は案外大きいのな。小柄な種類だとすれば、コツメカワウソ?
でも三百年近くも生きてるっていうから、日本に昔からいた日本カワウソなのかな?
自分の存在に関する事情は、ソウに聞いてもハッキリとは分からないことが多い。ただ、身体が少し小柄なのは、時々食事に不自由することがあって、そのせいじゃないかと言っていた。例えばこの前の井戸に閉じ込められた時みたいに。
理由は分からないし普通に種族特性なのかもしれないけど。小柄だからこそ俺のリュックに入ってあっちこっち行くことができるから、今はメリットだとしとこう。
ただ、これからは美味しいものをいっぱい食べさせてあげたいなって、こっそり思ってる。ソウには内緒だよ。霞を食べて生きていくなんて、寂しすぎる。幸せな未来はおいしい食べ物によって作られるのだ。
なんてな。
今もだが、ソウは本をすごい勢いで読む。この家に持ってきた俺の本はあっという間に読破しそうな勢いだ。いや、もう読破したのかもしれない。少ししか持ってきていないからなあ。
今読んでいるのは、この前図書館から借りてきたマンガ本で……。
「マンガというのは、本当に面白いものですね」
「絵だから分かりやすいしな。マンガはこれまで読んだことなかったのか?」
「いえ、もちろんありますとも。でもこれは特別に面白い気がします」
うんうん。俺もそれは昨日読んだよ。すごく面白かった。
ソウが読んでるのは『青空遥の推理協奏曲』というミステリーマンガだ。女子高生の青空遥が、日常のささやかな謎を友達と協力しながら解いていく。
この秋にアニメ化されるという話を聞いたから借りてきたんだけど、これは当たりだった。続きも早く借りてこよう。
「ふむふむ」
マンガを読みながら時々頷いたりびっくりしたりする。そんなソウの反応を見てるのは結構楽しい。
カワウソだけど、ペットって感じじゃないんだよなあ。なんだろう?
友達かな?
「フルールはかっこいいですね」
「ん? フルール? ああ、青空遥の飼っている鳥か」
「フルールは鳥ですが、いつでも遥の所に一番大事なヒントを見つけて持ってくるんですよ。これはもう、探偵である青空遥の相棒と言ってもいいと、私は思うんです」
「相棒……」
「ええ。相棒って響きは、なんだかかっこいいと思いませんか?」
相棒か。そうだな。その言葉はちょっとカッコいい気がする。
ソウがきゅいきゅいと呟きながらページをめくる。熱心にマンガを読んでいるカワウソを見て、俺は一人で納得していた。
【カワウソの趣味 おわり】
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