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序章 アイドル オン ステージ
アイドルなんて性に合わない。
有理は自分がこれほど周囲に流される人間だとは思っていなかった。
家族に無理矢理オーディションに連れて行かれ、なぜか受かってしまうと、レッスンに通わされて、少しずつイベントやテレビに出るようになった。
歌って踊ることは意外と楽しかった。同年代の少年たちと部活感覚で切磋琢磨しながら技術を習得し上達していく過程は、やりがいがあると感じていた。
ただ、格好をつけるとか愛想をふりまくとか、アイドルらしさを求められる社交性がなかなか持てなかった。というか、めんどくさかった。
(見てくれて、聴いてくれて、それを楽しんでもらえたらそれでいいじゃん……)
それだけで満足だったのだ。
有理は十五歳で芸能事務所に所属し、二年後にはグループを結成したものの中々日の目を見れず、その三年後にようやくCDデビューを果たした。
事務所としては久しぶりに新グループをデビューさせるとあって、デビュー会見は華々しく行ってくれた。野外会場を貸し切って何千人というファンを集めて、数百人の報道陣を前にデビュー曲を披露した。金銀の紙テープが盛大に飛び交い大歓声を浴びて、最後にお披露目会見が行われた。
そのステージ上でのインタビューの中で、「リーダーは誰にするか決まったんですか?」という質問が出た。
そう、グループを結成してから今までリーダーは存在していなかったのだ。特に必要としなかったし、みな自己管理はしっかりできていて誰かがまとめなきゃと思うほど自由奔放な性格をした者がいなかったからだ。それなのに、その質問が出た途端、他の四人が一斉に自分を指差したものだから、有理は訳がわからずただ首を傾げた。
「ん?」
はらりと頬にかかった前髪を耳にかけてくれながら、隣で微笑む悠馬が言った。
「リーダーはユーリくんだよ」
「そ。あーちゃん!」と、その隣の優斗が言う。
「うん、あーちゃんなの!」と、さらに隣の夕貴が言う。
「ユーリくんがいい」と、端っこにいる雄一が言った。
「……なんで? いつそうなったの?」
困惑する有理にメンバー四人はニッコリと笑って断言してくれた。
「今!」
ガックリと肩を落とす有理に報道陣からドッと笑いが起きて、彼の意思に関係なく世間に公表されリーダーの肩書きを貰ってしまったのだった。
アイドルグループ【Y-NightS】はグループ名の頭文字に【Y】が付けられているが、その理由はメンバー全員のファーストネームがYで始まるからに他ならない。ただし、グループ名は“ナイツ”であってYはただオマケみたいに付けられているだけで読まれることはないという、正直本人たちも「意味不明だなぁ」と命名した社長に対して呆れているのは公然の事実であった。
ただし、有理にとってYの頭文字は少々後ろめたい気持ちにさせられた。
というのも、他の四人と違って有理の本名は“ありさと”で“ユーリ”は芸名なのだ。他のメンバーに合わせて、音読みだと“ユー”と読めるから変えたにすぎない。公式で芸名であることは発表しているので、別に気に病む必要はないのだが、わざわざ変えてまでYに揃えたかったのかと、事務所というより社長の意向とやらが、有理には複雑な気分を抱かせた。
だが、メンバーやファンはあっけらかんとしたもので、有理のことを“ユーリ”と呼んだり、“あーちゃん”と呼んだりする。結局のところ本名だろうと芸名だろうと気にしていないのだ。そしてリーダーと呼ぶことも何の意味も持たせていない。ただ好きに呼ぶだけである。
そうやって本人の意思に関係なく構われるのは、ひとえに有理の性格所以だと周知されており、“愛され上手”と認識されていることを本人だけが知らなかったりする。
さて、Y-NightSはデビューしてから順調に人気も売り上げも伸ばしており、今年はデビュー五周年の記念の年に当たる。色んな企画が用意され、一年を通してお祝いムード一色に染め上げるべく、ファンと一緒に盛り上げて行こうとメンバーもスタッフも意気揚々としていた。
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