序章 アイドル オン ステージ

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 最大の目玉は全国ツアーであり、ただ会場の都合があってすべての都道府県を巡ることはできないが、過去最大の三十か所を訪れることができ、念願のドーム会場を東京、名古屋、大阪の三か所を押さえることができた。さすがに五大ドーム制覇とはいかなかったが、それでもドームでコンサートを行えることは現在の音楽業界ではステータスとなっている。ファンだけでなく世間にその人気ぶりが知れ渡るのだ。認知度が断然変わってくる。五周年を通過点として、今後もさらに走り続けるための足掛かりとなるわけで、メンバーもそうだがスタッフの意気込みたるや想像するに余りある。  とはいえ、有理にいたっては実にマイペースに毎日を過ごしていた。 「ねえ、あーちゃん、振り全部憶えた?」  大きな溜息をとともに肩にしながれかかってくる夕貴。 「んー、だいたいは」 「えっ、すご、ほんと?」  反対側の肩に腕を乗せてくるのは優斗。  グループの中で同い年の彼らは顔は全く似ていないのに、双子の兄弟のような位置づけでファンに親しまれており、彼らもそれを受けてノリよく双子を演じている。言動を常にシンクロさせているのだ。つくづく器用だなぁと有理は感心している。 「あーちゃんって、普段のほほんっとしてるのに、記憶媒体はシャカリキに動いてるよね」と夕貴。 「でも、その記憶媒体は歌とダンスのみにしか働いてないってのは、あーちゃんならではだよね」と優斗。 「ほんと、普段のしゃべりには活用されてない!」 「生活態度にも活用されてない!」 「アイドルしてなかったらダメダメにんげーん!」 「アイドルしてても俺たちがいなかったらダメダメにんげーん!」  イエーイ!、と両サイドで騒がれて、有理はげんなりと肩を落とした。彼らのテンションには毎度ながらついていけない。 「ゆーま、助けて……」  背後霊を二人くっつけて、スタッフと談笑中の悠馬に手を伸ばす。  気づいた悠馬が清々しい笑顔で頷いた。 「ああ、ユーリくん、ちょっと待って。ユーイチ! 出番!」 「ん? おお」  ドリンクを飲んでいた最年少の雄一が心得たとばかりに、ずんずんと寄ってくる。そして有理の両肩に乗っている腕をむんずと掴むと、バリッと引き剥がし、グイッと有理の身体を引き寄せた。 「大丈夫? ユーリくん」  背中をぽんぽんと叩かれ、有理はホッと息を吐いた。  末っ子なのにあの包容力はなんなんだと周囲が愕然としていることを二人は知らない。他メンバー三人だけが生温かい目になっていたが。  周囲の様子などまったく気に留めていない有理は、ふと気づいて目を上げる。 「ゆーいち?」 「ん?」 「おまえ、背、伸びた?」  肩の位置が違うと思って顔を上げたら、雄一の目が自分より上にあった。ほぼ同じ目線であったはずなのに。 「えっ、まさか!?」 「うそ、ほんと!?」  エセ双子が両サイドから有理と雄一を見比べたかと思うと、二人を引き剥がすなり雄一に詰め寄っている。剥がされた拍子によろめいてしまった有理を悠馬がそっと支えた。 「育ち盛りだからね。ついにこの時が来ちゃったか」 「ゆーま」 「二十代も折り返し地点に来てる僕らはもう伸びないかもしれないけど、雄一はまだ十代だからね。デビュー当時は小さかったけど、早く追いつこうと必死になってて、追いついてからはあいつ、背留めたんじゃないのってくらい、二年? は俺らと変わらなかったよね。けど、もう限界だろうな。もっと伸びるよ、あいつ」  柔和な顔立ちに優しい表情を浮かべている悠馬は、まるで子供たちの成長を微笑ましく見守っている母親のように頬に手を添えて吐息している。  その子供たち三人はスタッフも巻き込んで背比べをし、メジャーで測ろうとまでしている。そんな彼らを眺めて有理は口元を緩めた。 「そうだな。伸びてもいいように、してやらないと」  その言葉に悠馬は笑顔を深める。 「さすがリーダー。うちの大黒柱は頼りになるね」
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