♯1 愛して欲しい 後半

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♯1 愛して欲しい 後半

夏が近づくと嫌なことを思い出す。 思い出すたび、夢に何度も出てくる。 彼の声、彼の優しさ、彼の温もり。 彼の痛み、彼の衝動、 私はずっと信じてた。 私の愛は彼に届くって、 ずっとずっと我慢した。 馬鹿にされても耐えたの。 耐えたのに、 苦しいよ。 悲しいよ。 まだ、死にたくないよ… …じっとりと汗ばんだ身体… もう夏が来るんだな、と思い部屋の冷房を入れた。 今更なんでこんな嫌な夢を見るんだろう。 あれからストーカー被害が暫くおさまっていた。 公園で春輝くんがわたしを庇ってくれた後からは、 急に何も起きなくなる。 それは嵐の前の静けさなのかもしれない。 私と春輝くんは警戒していた。 違和感を感じていたからなのか、 精神的に少し参っている。 ふと携帯を見ると、朝の3時。 まだ早い時間だし、 ゆかりさんにも春輝くんにもLINEしたら悪いけど、 なんとなく喋りたくなる。 どうしよう… どちらに連絡しようか迷って、 それぞれのLINE画面を行き来していると、 誤って可愛げな「おやすみ」のスタンプを春輝くんに送ってしまう。 「あ…」 ごめん!間違えた!と打ってる最中に、 既読がついたので、思わずびっくりした。 こんな時間に起きてるの?起こしちゃったかな… 『今から寝るの?』 っていう文が送られてきて、 春輝くんも可愛いキャラクターの「おやすみ」スタンプを送ってくれた。 「違うの、間違えて送っちゃった」 私のその返答に、 『なんかあったー?』 と聞き返してくれる。 嫌な夢を見ちゃって目が覚めたから 連絡したくなっちゃった。 と私が送ると1枚の写真が送られてきた。 子猫の写真だ。 「俺は今、迷子の猫助けてた。 猫が千雪に「僕が悪い夢食べてあげるね」って言ってるよー?」 とジョークで励ましてくれる。 ふふっと私は布団の上で寝っ転がりながら携帯を見て笑う。 やっぱり、ゆかりさんと話していてもそうだけど、 春輝くんと話していても落ち着くんだよね。 不思議。 「猫さんはどこからきたの?」 『猫さんは夢の世界から来たんだよ?だから、千雪の夢のこともわかってくれるって』 「そうなんだ、優しい猫さんだね」 『泣き虫の千雪ちゃん、僕がついてるよ!』 そういってまた、猫の写真がおくられてくる。 こちらに手を伸ばしていて愛らしかった。 『飼い主さんが来た。』 と連絡が来てからLINEの連絡は途絶える… きっと何か話し込んでるのかも。 何となくだけど、 猫さんは春輝くんかな。 って思った… 私が鳥さんの話をしていたし、 猫で喩えて話をしてくれたんだろうな。 デートの約束の3日前… このまま何も無いなら、 デートも必要ないのかな?なんて… 実は気持ちは落ち着いていた。 春輝くんとのあの公園での一件でストーカーが諦めたのならもうこのままでも良かった。 ゆかりさんや春輝くんが、 いろいろ聞いてくれただけで 本当に嬉しかったし、 久しぶりにたくさん泣いたりもしたし… 思い出せばまた笑っちゃうんだけど。 なんて考えながら、 LINEの返事を待っているうちに二度寝をしていた、 全く夢を見なかったし目覚めも悪く無い。 スッキリした気持ちで学校へ向かい、 いつも通りみんなと挨拶を交わす。 いつも通りの日常だった。 私は、今日使う体操着を入れに女子更衣室のロッカーへと向かう、バタンと音がしたので誰かいるのかな? と中を覗いた… 「あ、千雪ちゃーん」 そこには、見たくない会いたくない人がいた。 しかも私のロッカーの前だ。 「何…してるの?」 きっと私の顔は青ざめている。 今回、ストーカーをしてきている張本人が目の前に居たからだ。 別にルックスが悪いとかでは無いが、 無駄に金持ちだとアピールするような腕時計やシューズ、ネックレスから香水まで目立つ色ばかり派手に着飾り、全くもって好きになれそうにないタイプだった。 人の好き嫌いをする方じゃ無いのだが、 どうも苦手である。 ましてや今、ストーカーである相手。 携帯を握りしめていると、 男は怯える私を見つめながら目を細めた。 ジロジロと舐め回すような視線が気持ち悪い。 その態度、嫌なことまで思い出してしまう。 「まぁ、いいや…」 急に男は私の横を過ぎていき、小さな声で 「デート楽しみだね」と囁いてくる。 過ぎ去っていく足音を聞いて、 思わず地面に座り込んだ。 良かった…何もされなかった… でも意味深な言葉が頭から離れないし… ロッカーを開けるのが怖い。 「春輝くん…」 思わず焦って電話すると、何回かのコール音の後に「どーしたー?」と着信に出てくれる。 声を聞いて思わず涙が出てきて「怖いの」と震えながらに行った。 「何処にいる?」いつもの柔らかい口調ではなく、 真剣な声で聞かれる。 女子更衣室のロッカー前にいる事を伝えると、一瞬女子更衣室であるからか迷ったのか 間があったが「行くから動かないでね」と言ってすぐ駆けつけてくる。 ホームルームの時間だったので、幸い人もいないから中に入ってきてくれた… 「大丈夫?」 春輝くんの顔を見たら少しホッとして、自分で立ち上がることができた。 私はストーカーに言われた事と、 ロッカーの中を開けるのが怖い事を伝える。 「千雪は見なくていいよ」 ロッカーを見つめている私に優しく言ってくれるが、私の事だし甘えてばかりも良く無い。 春輝くんがいるから大丈夫だと、 手を伸ばしカチッと扉を開く。 「嫌っ!」 思わず私は春輝くんにしがみついてしまう。 一瞬だけだったが、そこには私の中学時代の写真もあった。 なんで?なんで?なんで、なんで…!?!!! 一気に気持ち悪さで朝ごはんが戻ってきそうになり、吐き出したくなるのを堪え、私は女子トイレに走り去る。 「お、おい!千雪!?」 焦った春輝くんの声がしたが、 トイレの扉を勢いよく閉めて駆け込んだ。 気持ちが悪くてめまいがする。 「…あー…くそ、仕方ない」 春輝くんが女子トイレにも関わらず私を追いかけて中まで入ってきてくれる。 私は倒れ込むような体制になっていたので、 トイレに入ってくる女の子に、 ごめん今体調悪い子いるから別のトイレにいってくんない? って春輝くんが声をかけてくれていた。 情けない自分にも腹が立ってくる。 「千雪?」 そっと背中をさすってくれるので、 気持ち悪さは抜けていくが、 喉がカラカラだった。 「水が欲しい…」 春輝くんに手を伸ばすと、ぐっと私を起こし上げて簡単にお姫様抱っこをしてくれる。 私は女子にしては身長がある方なんだけど、 春輝くんはそれよりも高さも力もあるし、 あったかいなぁなんてぼんやり思いながら、 しがみついていた。 ホームルームが終わったのかざわざわと生徒の声がする中を歩いてるようだが、 気持ち悪さで何も聞こえてこない。 「水買って、保健室行こう」 春輝くんが私にそう言ってくれて、 頷く事しかできなかった。 …… 千雪を保健室に寝かせて、 1時間目が始まってるというのに、 不意に女子更衣室のロッカーを見つめていた。 怪しいかもしれないので、全面鍵をかけている。 中の物を取り出して、ビニール袋に詰めた。 知らない男と…多分だが昔の千雪が映っている。 何でこの写真で千雪は体調を悪くしたのか。 多分だが何かトラウマがある。 最近同じようなことに遭遇していた。 それは剣ヶ崎高校の「湊」の時を思い出していた。 彼女はそこまででは無いが、何かに怯えていた。 千雪はその怯える感覚が異常といったイメージで 頭に焼き付いて離れない。 過去に相当なことを受けてきたんだろうか。 こんな場所で迷ってるわけにもいかず、 写真を持って、人気のない部屋で写真を見ていた。 不意に写真の裏にメッセージを見つける。 (あの時みたいにしてあげるね) (僕の可愛い千雪ちゃん) (あの時から大好きだよ) (早く触れたいな) (君の全てが好きだよ) 恋文にしては、やり過ぎだし ストーカーの中でもかなりの変態っぽさがあった。 彼は中学時代の千雪の知り合いとかなんだろうか。 「あーーーー、わかんねぇ…」 柄にもなく写真をグシャッと袋に入れ込む。 今自分には全く千雪を救う方法が見えてない。 特にトラウマなんて克服するには俺じゃ無理だし、 本人の意思が絶対だ。 精神的に立ち上がるためには、 相当な努力や覚悟もいる。 千雪のあの様子では、難しいんじゃないだろうか。 「なんでこんな必死になってんだよ」 ゆかりに頼まれたからといっても、 ここまで人に何かしてあげている事自体 昔の俺だったら「めんどくさい」と離れていっただろうし考えられなかったと思う。 中学時代に感じた夢とか愛とか、 今になって改めて考えたり、 隣にいた夏月がいない事とか、 虚しさで押し潰されそうなのに。 それを埋めるかのように何かに必死だった。 俺にできる事なら… とにかくデートの日に何か起きるのは確実だと思った。 不意に薫と背中合わせで戦った時を思い出す。 終えてみると足りないものばっかりだった。 最近は持久力をつけたくてずっと夜中や朝早く走り込みをしている。 昔からスタミナが無くて、すぐ息が上がる。 なんでかってヤル気がなかった。 喧嘩なんてどうでもいい。 楽しかったらなんでもいい。 気の向くままにしてきていた… でも薫との戦いに触れて、 違う楽しみが見えた。 「強くなりてぇな。」 ふと教室の壁にスプレーで自分のサインを書く。 俺が俺であるために、 この先迷ったらまたここに来よう。 絶対負けねぇ。 必ず、守ってやる。 …… 目覚めると目の前に、 自宅で待機している筈のお付きの使用人がわたしの横にいた。 「春…輝くんは?」 ふと目覚めて出た言葉に、自分でも一瞬驚いたが… たくさん迷惑をかけてしまったので1番に思い浮かぶ。 あれ? ふと見渡せば自分のベッドにいる。 学校にいた筈なのに早退してきてしまったらしい。 「具合はいかがですか?」 心配そうに使用人が話しかけてくる。 わたしが小さい時から面倒を見てくれている女性の使用人…つまりメイドさんでこれといって仲が良い訳ではなかった。 いろんなことを知ってか、 私を腫れ物のように扱ってくれる。 大事にしてくれるのは有り難いけど、 我儘も言うことがあるし、 うんざりされていないか時々不安だった。 「平気」 携帯を見るが、春輝くんからの連絡はない。 あれからどうなったんだろう。 不意にベッド横にある袋が気になった。 「なぁに、あれ」 私が口にすると使用人のメイドは袋を持ってきてくれた、中にはポカリスエットや飴などが混在していてメモ紙が入っていた。 「片付けとくから心配しないでね、体調良くなったら連絡して 春輝」 と書いてあるメモ紙だった。 気を遣って携帯に連絡入れなかったんだろうなぁ… 正直デートに行くのさえ今の状態じゃ怖かった。 声を聞いたら安心するかな。 電話したら迷惑かな。 一回着信ボタンを押したが、 すぐ切る。 これでは、ワン切りになってしまう。 LINEのスタンプといい、わたし何やってんだろ。 もやもやとしてると、 春輝くんは気を張ってるのか直ぐに折り返してくれる。 本当に有り難いな。 「もしもし?」 私が話し出すと、一瞬だけ 間があったが明るい声で春輝くんが話し出す。 「体調大丈夫そー?無理そうならデートは先延ばしにするよ?」 私が考えていた事を、 サラッとはじめから話題に出してきた。 「迷惑かけてごめんね」 春輝くんがこんなに私のために動いてくれたのに、 このままの私で良い訳がない… 変わりたい。 「無理しなくていいからね」 ちょっと暗めのトーンで春輝くんが言うので、 逆に自分はいつもより明るめな声を出す。 「ちょっといろいろあってね、もう大丈夫、日曜日は遊園地行けるよ」 意地でもストーカーを撃退したいと思っていた。 春輝くんには悪いけど、利用させてもらうね。 そうやって割り切らないと乗り切れない気がしていた。 大丈夫、私なら大丈夫。 「俺が無理だって判断したら直ぐ帰るからね〜明日学校これるかわからないから先に言っとくね、朝は近くまで迎えに行くから、よろしく」 「ありがとう」 ただそれだけ会話して私は眠りについた。 結局そこまで調子が悪かった訳ではないが 金曜日は学校を休んだ。 土曜日はデートの支度をした。 ほとんど家に居たのに、 デートなんて仮だとしても久しぶりなので、 何を着ようか迷っていた。 急に前日、どんな格好していくの? なんて春輝くんから連絡があって、 シンプルなモノトーンの服を選んだ。 春輝くんと並んだらイメージ真逆でおかしいかな? って悩んだんだけど… まぁ仮のデートだし好きにおしゃれすればいいよね。 なんて、なるべくストーカーの事は忘れて、 ネットで遊園地のことを調べてみたり気を紛らわせた。 なかなか寝付けずに、 遠足前の子供のようになっていた私は 早起きして10分前に待ち合わせの場所に行く。 「まだ来てないよね」 私が辺りを見渡していると、 ブォンッとバイクのエンジン音が響く。 まるで私を呼ぶかのような音に、 ハッとしてそっちを振り向く。 「春輝くん!??」 私は春輝くんの姿にびっくりしていた。 普段なら着ないであろう、 モノトーンなスタイル。 いつも派手な格好の写真をSNSに上げていたので、 珍しい大人っぽい服装に驚いた。 「化け物を見るような目で見ないでよ〜千雪おはよ」 喋るといつもの春輝くんだった。 身長もあるからモノトーンな服もカッコよく着こなせてるんだろうな… 「そういう服のイメージがなかったから、びっくりしたよー!どうしたの?」 「デートなんでしょ?ファッションも楽しまなきゃ〜」 いつだって楽しそうな春輝くんを見て、 確かに楽しまなきゃ損だよねって思った。 「もしかして、バイクに乗れる?」 私が嬉しそうに春輝くんのバイクを撫でると、 「今日だけ特別だよー?彼女だから」 なんて笑いながら言われた。 ちょっとだけ複雑な気持ちだ、 友達だとバイクには乗せてくれないのかな。 そんな図々しいことを思いながら、 「そっか、嬉しいな」 と言ってヘルメットを受け取りバイクの後ろに乗り込む。 スカートを広げるのが難しいので、横座りをして後ろに座り、そっと春輝くんの腰に手を回す。 すると急に手を引っ張られ、ぎゅっと抱きつく状態にさせられた。 「そんなんじゃ、飛ばされるよ?しっかり掴まれ」 ニッと笑って私に行ってくる姿は、 本当に楽しんでる様子だった。 「うん!」 思いっきり、私は背中に寄りかかると、 バイクがまたブォンブォンと唸り、 発進する。 爽快な風をすり抜け、 どこまでも行けそうな気分になった。 全身で風を受ける気持ちよさに、 走ってる最中、普段なら絶対しないけど、 子供っぽく「気持ちいいーー!」なんて叫んでみる。 「めちゃくちゃ今日の千雪可愛いじゃん」 「いつもだけど?」 「今日髪型もなんかちょっと違くない?」 「可愛いでしょ?」 「うん、めっちゃ可愛いと思うよ」 なんて調子に乗った会話で2人で笑いながら遊園地へと向かい、到着する頃には すっかりデート気分になっていて、 ストーカーの事は忘れていた。 お世辞でもなんでも、 ノリで会話してくれて合わせてくれるだけで、 凄く居心地が良かった。 …… ゲートを潜ると華やかな世界が広がる。 まさに遊園地が目の前にあった。 実は俺自身、遊園地が苦手だ。 というのも自分が運転できない乗り物に乗ることがあまり好きじゃない。 「千雪って遊園地来たら乗り物結構乗るの?」 「うーん、そうでもないよ?普通にゆっくりしてることも多いかな」 「へぇ、俺あんまり絶叫とか乗らないんだよね」 「え!意外かも!じゃあ今日は、ゆっくりしようよ」 千雪は合わせてくれてるのか、 絶叫に乗らないのか分からないが、 ちょっとその性格に助けられてしまった。 流石のデートで不機嫌になるわけにいかない。 ゲームセンターやメリーゴーランドぐらいの簡単な乗り物に乗ったりしながら、 ゆっくりご飯を食べてみたり… 本当に普通のデートを楽しんでいた。 昔から仲良かったのかと勘違いしてしまうくらいに自然な雰囲気で、 千雪が無理してないか顔色を伺うが、 ずっと楽しそうに笑っている。 つられて俺もただ普通に楽しくて笑ってた。 夢の中にいるような変な時間だな。 不意に不安が拭えず現実に戻ると 自分の顔が硬っていることに気付いて 頬を抓ってみたりする。 「ねえ!あれやらない?」 千雪が指を刺したのは迷路のようなものだった。 「いいけど、迷子にならないでよー?」 「平気!ちゃんとついて行くよ」 「前歩いて」 俺は後ろに回り込む千雪を前に押し出すと、 「えー、着いて歩きたいな〜」 なんてふてくされてる。 「可愛く言ってもダメです〜今日の目的忘れないでよね〜」 俺が呆れ気味に言うと「わかったよ」なんて笑ってる。 本当にわかってるのかな?なんて思うのに、 なんか俺も広角があがっていた。 千雪は人を笑顔にするのがうまいんだろうなぁ。 すると 急に泣き喚く子供がこっちに向かって走ってくる 「ん?なんだ?」 子供が俺にくっついてくるや否や、「あっちなの!助けて!」と俺を急に引っ張ってくる。 千雪も困惑しているが、とりあえず子供に連れられて俺たちは迷路に向かわずについていく… すると、木の上にぬいぐるみがひっかかっていた。 「男の人に投げられたのーーー」 といって泣きじゃくっていたので、 俺は仕方なく木に足をかけて、 ぬいぐるみに手を伸ばした。 数分の格闘の上、 なんとか取れたぬいぐるみを少女に渡す。 「もう絶対離すなよ?」 ポンと頭を撫でると少女は笑顔で「うん!ありがとう!」と言った。 不意にその笑顔でゾッとした、 周りを見渡すと… いない、いない!? やばい、千雪がいない!!!! 「ねぇ、君…一緒にいたお姉ちゃんわかる?」 俺が少女に問うと「わからない」と首を横に振る… もしかして、仕組まれたんじゃ… 「クソッ!!!」 とにかく探し回るしかない。 お願いだから無事でいてくれよ… … コン、コン、コン … なにか変な音がする。 工事でもしているかのような音。 ハッと目が覚めると、ちょっとだけ光が漏れてる冷たいコンクリートに囲まれた部屋にいた。 「暗い、やだ」 光に向かって行こうとすると、 体が縛られていることに気づく。 しまった… これは… ドクンドクンと早まる鼓動がおさまらない。 考えちゃ駄目。 私は負けない。 「あーあ、もっと叫び散らすかと思ったんだけどな〜」 目の前には見覚えのある、 いかにもお坊ちゃんの男がいる。 「…なんで…なんでこんなことするの?」 怖いけどとにかく時間稼ぎをしなきゃ。 春輝くんが絶対来てくれる。 今探してくれてるはず… 耐えるの。 「覚えてるかな?千雪ちゃんが好きだった彼のこと」 目の前に写真がばら撒かれる。 見たくもない中学時代の写真だ。 元カレの写真に 息が苦しくなってくる。 深呼吸して、 大丈夫… 大丈夫 「覚え…てる」 声が小さくなるがなんとか答えられる。 「僕さぁ、千雪ちゃんの元カレと友達だったわけ…もうそりゃぁ仲良くてさ…でもって千雪ちゃんを最初に好きになったのは僕だったんだよね?」 「え?」 予想外の話にイマイチついていけない。 「千雪ちゃんは知らないだろーけど、僕が最初に千雪ちゃんに目をつけたのに…あいつが横取りしたんだよ、ただの当て付けだろ?…ウゼェなって思ってたんだけど…見事ぶっ壊れてくれたよな?」 ニヤニヤする男の歯元が見えると、矯正をしているのか、きらきらとしていてやけに気持ち悪く見えた。 いかにもお金をかけてますといった彼は、 もしかして整形をしているのでは? … 「…あ!」 私は中学時代に元カレとよく一緒にいた目立たない男の子を思い出す。 あまり話したことはなかったが、私を見てもじもじとするし、なんだか女々しい印象を覚えていた。 あの子か… 「僕ね、手を貸したんだよ?アイツが壊れちゃったから…千雪ちゃんを襲わせ…」 「やめて!!!!」 思わず1番聞きたくなかった言葉が聞こえそうになって、感情的に叫んだ。 「めちゃくちゃ興奮する」 急に目の前の男は服を脱ぎだす。 一体なにをしているのか、その意味を悟ると 必死にもがいた。 嫌だ!嫌だ!身体中から血の気がひいて行く。 昔の話だが、 私は元カレに自分から別れを切り出した。 彼はその場では良い返事をしてくれず明日まで考えさせてくれって言ったので待つことにした。 今思えば、それが良くなかった。 真夏の太陽が焼けるように暑かったあの日、 翌日彼は学校を休んだ。 別れを告げた後だったけれど返事をもらってなかったし、心配だからと放課後自宅に連絡を入れてから彼の家に向かった。 その途中、後ろから口を塞がれて。 そこで意識は途絶えた。 目覚めていたのは彼の自宅。 でも目の前にいるのは知らない男の人達。 誰なのか、彼はどこなのか。 私が必死に聞いても返ってくるのは 男達の気持ちの悪い笑みだけ… そして“それ”は始まった。 俗に言うレイプ。 助けを呼ぼうにもその日 彼の両親、兄弟は家にいなかった。 彼は行為が終わる頃、 楽しそうな笑みを浮かべて入ってきて言った。 「華園の1人娘だから付き合ったのに、ヤらせもせず。しかも俺から逃げようとするなんて。」 辛かった。 いつもなら言い返したい所なのに 悲しくて、悔しくて、もう限界だった。 気付いたら自分の家のベッドの上で、 いつもお世話してくれていたメイドさんが私の手を握って泣いてた。 あの事件の後から1人だと暗いところが怖くなった。 行動するのも寝るのも明るくないと息ができなくなりそうで、 でもそんなの誰にも言えなかった。 弱音なんてはいていられなかった。 学校にはいつも通り行く事にする。 はじめは何も変わってないって安心した。 でも変わらなかったのは私の意思だけで、 周りは急激に変化していた。 移動教室の忘れ物をして取りに行った時に、 私は偶然聞いてしまったんだ。 ずっと仲良くしていた友人達が話している。 「なんで華園さん、彼と別れっちゃったんだろうね。」 「家のこと考えたら、別れるべきじゃなかった。」 「彼女に悪いところあったんでしょ。彼の家柄的に悪いところなんてないじゃない。」 女の子ってどうしてこうなんだろう。 陰口とか、噂とか、うんざり。 ここには同性であれ“私”を見てくれる人はいないんだなって痛いほど分かった。 昔から分かっているつもりだったけど、 どこかでパキッて音がした。 もう限界だった。 迷惑かけるのを承知で、パパとママに伝えた。 高校は変えたい、高校時代だけは自由にさせてほしいこと。 志騎高に行きたいこと。 今の中学の子と合わないためにも、 近くに持っているマンションで生活したいこと。 髪を染めたいこと。 だけど絶対今まで通りの勉強はやめないし、 大学もパパと同じところに行くこと。 パパは難しそうな顔してたけど、 「あの事件のせいか。」そう言われた。 なんとか了承してくれたけど、 条件でお付きのメイドを1人連れて行くこと。 1・2週間に1回は電話すること。 ママも「お祝いよ。」って後日ピアス開けてくれた。 両親に少しは頼りなさい。 とは言われたものの金銭面以外でそんなに頼るわけにはいかなくて。 頑張ってないと立っていられなくなりそうだから。 私は頑張ってきたの。 ずっと、 ずっと、 なんで? なんで追いかけてくるの? 私が何をしたの? ちゆは、ちゆが何をしたの? こんなんじゃ、 もう息をするのも、生きることが辛いよ。 暗がりでわからなかったが、 あの時と同じように男達がぞろぞろと私に近づいてくる。 ニヤニヤ笑うあの顔は、 当時の情景そのもので… 声を出したいのに全然出せない。 涙だけがずっと溢れていた。 「はぁ、可愛いなぁ」 私のことを好きだと言う気持ち悪い男が、 粗い息遣いで顔を近づけてくるし、 服に手をかけてきて、最後の抵抗だと言わんばかりにもがくが、 周りにいた男たちに取り押さえられ、 簡単に下着姿にさせられてしまう。 せっかく可愛くしたメイクも髪もめちゃくちゃだ。 私は何のために生まれてきたの? 神様…こんな運命、残酷だよ… 「僕の童貞卒業をやっと千雪ちゃんにあげられるね」 するりと肌に触れる男の手が気持ち悪くて、 懸命に下がるのだが、 全く周りにいる男達のせいで意味がない。 もう抵抗しても駄目なんだ… 一生に一回でいいから、誰か 本当の‘‘私”を見てくれる人が欲しかった。 ‘‘私”を愛してくれる人が欲しかった。 体の力を抜くと、もう怯えすらしなかった。 全てを受け入れてしまおうとすると。 何も考えられない。 どうやっても勝てないんだ。 目を瞑ると風を感じた。 バイク楽しかったな… 私これから、変われるかな。 変われないかも。 ゆかりさん、ごめんね。 その瞬間、目を瞑ったからだろうか、 「千雪ーーー!!!!」と何度も呼ぶ声がした。 近づいてくる!こっちに来てる! 最後の希望だった。 私が力を抜いたからと怯んだ男達は、 私のロープを解いていたので、 勢いで立ち上がり振り切る、 光の先、光の見える窓に走り、 精一杯叫んだ 「春輝ーーーーーー!!!!!」 男達がすぐさま私の口を塞ぐので、 噛み付いたりするが、全然きかない。 まだ、ちゆは諦めない! みんなが言ってくれた… 誰かに頼ってもいいんだ… SOSを出してもいいんだ… だから、 お願い!春輝くん…!! その瞬間、 私が叫んだ扉とは逆方向の壁側からドンッと音がして立て付けの悪そうな扉が吹き飛んだ。 ハラハラと砂埃がまったり、 上の壁が削れたのか、粉が舞う。 光の先から、 ゆっくり春輝くんが降りてくるのが見えた。 凄く眩しい。 「てめぇ!マジで邪魔なんだよ!」 ほぼ半裸の変態男が急にナイフを持って春輝くんに向かって行く。 「邪魔はテメェだよカス!!!!」 ナイフを綺麗に手技で叩き落とし、 顔面に蹴りをヒットさせていた。 矯正していただけあって、 血が飛ぶのが見えると痛そうで私は目をつぶる。 ざわざわと周りにいた男たちの声がする。 「あいつが来るなんて聞いてないぞ!」 「勝てるわけねぇよ!」 「鷹左右兄弟の片割れだろ?」 「畜生!騙された」 と言って、私から手を離し逃げようとする。 「全員一発殴る」 春輝くんがそう言った瞬間… 目にも止まらぬ速さで、次々と男達の顔面に一発入れている。 「も…もういい!春輝くん…もういいよ!」 あまりのことに私が春輝くんの手を掴むと、 やっと動きが止まり、男達が一斉に逃げていった。 私はまた座り込んでしまう。 助かった… わたし、助かったの? 何もされてない。 痛くない。 その瞬間、ふわっとわたしの体が春輝くんの上着で包まれる。 「遅くなってごめん」 春輝くんは私に反省してるように俯き頭を下げていた。 「大丈夫、いいの」 安心したらまた涙がいっぱい溢れる。 何回も「ありがとう」と私は繰り返し言っていた。 暫く泣き止むまで春輝くんは俯いてて、 ふと、私が春輝くんの手をとる。 思いっきり男達を殴っていたからだろう、 手が真っ赤だ… 「春輝くん…私もう」 急に糸が切れたかのように世界が真っ暗になった。 … いきなり倒れ込んできて思わず支えたが、 上着があってよかったと本当に思った。 直に触るのはまずいだろ。 女の子に服を着せるなんて 脱がせたことはあったが、 まさかやることになるとは思ってなかったし… 極力見えないようにするが、 深いため息が出る。 俺は見てない。俺は見てない。 何回も暗示をかけてやっと着せる。 2度目のお姫様抱っこ… 同じ子に2度目なんて絶対しない。 特に女の子はこういうのをやると、 変な勘違いを起こしたりするし、 現場を見たりした女はうるさい。 学校では致し方ないからと、 腹を括ったが… そりゃ目立つよなぁ… いや、スカートの女の子をおんぶなんて絶対出来ない。 なんて、複雑な心境のまま、 とりあえず医務室に連れて行く。 ただ気を失ってるだけだから、 すぐに目が覚めるだろうと言われ、 目を覚すのを待つことにした。 久しぶりに頭に血が上ってしまったので クールダウンに暇な時間はゲーセンで時間を潰したりして、目覚めるのを待った。 時刻は閉園間際…流石に起こさないとまずいか、 と、少し揺さぶってみる。 「千雪ー?」 と呼ぶと、 パチッと目を覚まして俺に飛びついて、 「嫌!!」と顔を胸に埋めて飛び込んでくる。 「…あ、あれ?」 千雪が俺から離れて目をパチクリしていた。 「夢みてた?」 俺が首を傾げると、周りをキョロキョロと見渡して「もしかして、全部夢?」なんて言う。 忘れたい気持ちはよくわかるが… 「全部夢だったら良かったよね」 と俺が苦笑いすると、千雪が悲しい顔で笑う。 「すみません、お客様…そろそろ閉園で」 スタッフに促され何とか歩けそうな千雪から少し距離を取り、歩いてもらおうとするが千雪が服の裾を掴む。 「ごめん、ちゆ、暗いの怖いの…」 外はすでに真っ暗だった。 まぁ今日1日は彼氏のフリか… 「いいよ」 俺が手を伸ばすと、 嬉しそうに俺の片腕に両手を絡ませてしがみついていた。 …うーん、と俺が眉間にシワを寄せるが、 千雪は「どうしたの?」とだけ聞いて首を傾げる。 近いんだよなぁ…… これ皆にやってんだったら、 絶対勘違いするやついるよな。 と思いながら苦笑いをした。 「行こう」 「うん」 少し出店に寄りながら夜ご飯代わりに腹を満たして、バイクで駆け抜ける。 今日という1日が終わる。 その前に少し遠回りして夜景を見てみたりした。 少しでもまた違った思い出を作ってあげたかった。 俺の彼氏のフリもこれで終わりか… 「お土産屋さんとか閉まってて何も買えなかった」 なんてふてくされてる千雪に、 「じゃあこれ」 なんて、ゲーセンで欲しそうにしていたぬいぐるみをあげると大事そうに見つめていた。 「もらっていいの?」 「うん、名前でもつけてあげたら?」 「…… じゃあ、ハルくん!」 「え?」 思わぬ呼び名にドキッとする。 なんでハルなんだ… 「なんか、やだなぁ〜」 と俺が言うと ずいっとぬいぐるみを俺に向けて来る。 「ハルくん?」 ぬいぐるみの横からひょっこり覗き見て俺と目があった。 「いや…反則でしょ…」 思わず心の声が漏れると嬉しそうに笑う声がする。 からかってんだなって思ったので、 反撃に出てやろうと 「ちゆ?」 と呼びかけると、驚いてこっちを見た。 俺は別にとるつもりじゃなかったもう1匹のぬいぐるみを出す。 「俺はじゃあ、ちゆってつけんね?」 って言うと、急に俺の手からぬいぐるみを取って並べて写真を撮っている。 「ハルくんとちゆ仲良しだね?お揃い嬉しいな」 ぬいぐるみを2匹抱きしめながら幸せそうな顔が見れたので怖かったストーカーの事はある程度気は紛れたかな? と昼間を思い返す。 「千雪って強いよね」 不意に俺が言った瞬間、 さっきまでの笑顔が消える。 あれ?なんで… 「強くないよ、春くんの方が強くて…カッコ良かったよ!凄いね…あんな強いんだね、一年生とかに慕われてたりとか話には聞いてたんけどびっくりした」 どこか悲しげに笑う。 そっか… いつもの強がりは本当の自分じゃないんだ、 甘えてたり弱いところが本当の千雪なんだな… 「俺は強がるちゆも好きだけど、甘えて来るちゆも好きだよ?」 別に言うつもりじゃなかったのに、 悲しい顔する千雪を励ましたくて、 中途半端に好きとか使ってしまう。 愛の意味では無かったので、 言ってから後悔したが、 千雪は目を輝かせていた。 「甘えていいの?」 ちゃんと意味が伝わっていて安堵する。 「いーよ?寧ろもっと皆に甘えなよ、その方が絶対、生きやすいよ…ゆっくりでいいからやってみな」 それを聞いて、急に早口に千雪は話し出す。 「じゃあ、ちゆってたくさん呼んで!…あと、また遊んでくれる?ちゆは、遊びたい…!!好きって言ってくれたの嬉しかった!…もっと言って!!んー…あと春くんって呼びたい!」 いきなり我儘を言いたい放題言うもんだから、 俺は腹を抱えて笑う。 「いいじゃん、めっちゃ可愛いよそれ」 2人で笑いながら帰宅する途中、 不意に考えていた、 こんなに楽しく会話していても、 絶対あの男は来ると思う。 待ち伏せして、 夜のうちにケリをつけたいな。 そんなことばっか考えていた。 千雪をバイクで家の下まで連れてくる。 時刻も日付をギリギリ越える前だ。 下で待機しようか… 「これで彼氏のフリも終わりだね〜終わっちゃうけど、また学校で変なやつ来たら頼ってくれていいよ」 と俺が言うと「わかった」と言うがどこか そわそわとしている。 何か言いたそうだが、とりあえずバイクを走らせようとすると、急に千雪が俺手の上に自分の手を重ねて来る。 「待って!今日…………泊まってって!」 「… … え?」 思わぬ呼び止めに俺はまた心臓がうるさくなった。 だから、もう、本当にこれ以上は無理だ。 今日は帰りたい。 女の子の家には、上がらないようにしてる。 というか中学時代の反省でもある。 なりふり構わず手を出していたからこそ、 来るものを受け入れすぎて女のゴタゴタに巻き込まれたからウンザリだった。 「深い意味はないよ?あのね、話したいこともあるし…やっぱり怖いの、今日だけお願い」 俺は千雪のお願いには弱いのかもしれないなぁ。 「んーーー…いいけど…今日だけってならない気がするから、いつでもお願いして」 そう言う俺の言葉を聞いて、一瞬驚いていたが 「ありがとう」と言って俺を自宅に招いてくれた。 … 我ながら大胆なことをしたと思う。 メイドさんに帰りが遅くなってごめんねと話をしながら、春くんが泊まることの了解を得て、 私の部屋に案内する。 何も深い意図はない、 ただもう少しでいいから時間が欲しかった。 春くんに伝えたかった。 私のトラウマについて… 巻き込んでしまったことからの罪悪感もあるけど、 真剣に話すと真剣に聞いてくれた。 私が泣きそうになると、 辛いなら話さなくていいよと 優しく言ってくれる。 甘えていいって言われて、 私は自分のこと、いままで辛かった話、 いっぱい吐き出した。 誰にも打ち明けてこなかった事だった。 話終わると、 震える私の背中をぽんぽんと軽く叩いてくれる。 春くんは男の子にしては、 女性に対して配慮してくれるからかな? 安心感があるんだけど、 やっぱり物足りなさがあった… 「こんな事お願いするのも変かもしれないけど、ぎゅってして?」 私が春くんの胸にすっぽりとおさまるように身を寄せると、やっぱりぎこちなく抱きしめてくれる。 優しいなぁ。 「こんなんでいーの?」 春くんは苦笑いしながら言う。 「もうちょっと強めがいいな〜」 と私が悪戯っぽく言うと、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。 「ちゆは偉いよ、いろいろあって今乗り越えた訳だし、いつも頑張ってるのも俺がみてるから、…お願いしてくれればシンドくなったらいつでも抱きしめてやるよ」 なんだか、いつもとは違う悲しげな声なんだけど 優しくて… 私はそういう春くんの方が普段より素敵に思えた。 「ねぇ、いつもの話し方と違うのは、私に合わせてくれてるの?」 気になって質問してみる。 「それみんなに言われるんだよね〜いつも通りでいーなら、そうやってしゃべんね」 なんて、ニコニコしていつも通りに戻る。 私にも春くんの話をしてくれる日が来るかな? あったかい腕の中にいて安心したのか、 だんだんと疲れたのか、 急に眠気が襲う。 布団に入り込むと、春くんが私の部屋から出て行こうとするので袖をつかむ 「一緒に寝よう?」 「いや、それはまずいでしょ」 流石にそこまでは春くんでも許してくれないか… 手だけでも… 私がモゴモゴと口籠ると 「寝るまでちゃんとここにいるよ」 そう言って頭を撫でてベッドの横に座ってくれる。 気持ちがいい… 幸せな気持ちで私は夢に落ちていった。 …… 夜、2時を超えた頃… やっと俺は千雪から離れる。 ちょっと心は痛いが、 やらなきゃいけないことがある。 使用人のメイドさんに話をして、 少し外出をした。 ヤツは絶対いるはず。 下のフロアに降りると、 やはりあの男が居た。 今度は目の前に堂々とたってる。 良いツラになったな。 俺は煙草に火をつけた。 「千雪と本当に付き合ってんの?」 その質問には真面目に答えようと思っていた。 「付き合ってない、お前らから守るためだけ」 俺に言われて、男は複雑な顔をする。 「おかしいだろ、…なんでそこまですんだ…千雪のこと好きなんじゃん?」 その答えは1択だった。 「好きだよ」 そう聞いた男は目を見開く。 「俺はね、俺に頼ってくれるみんなが好き…みんなに笑ってて欲しいそれだけ」 「そう…」 なんとも納得いかない顔をしているが、 昼間とは何か違う雰囲気だった。 「お前を倒す!!!」 急に男は、俺を指差してくる。 それに対して、ニヤッとしてしまった。 「いいね、俺を倒してみろよ」 「今は無理だが、僕は絶対あきらめない…お前を倒して千雪ちゃんに振り向いてもらう!!!」 そう言って男は走り去ろうとするが痛いところがあるのか、ノロノロと進んでいく。 やっちゃったことは異様だし。 聞いただけだが犯罪に走りそうなほどだ。 でもそこには深い愛があった。 彼なりに好きが暴走した果てか… きっと人間誰にでも何か欲はあるし、 暴走はする。 俺だってやりかねない。 …すぐに変われるかと言われたら無理がある、 でも変わりたいと思うことが大事だ。 少しだけ夜風にあたってから戻る。 千雪の部屋を覗くと、ぐっすり眠る千雪の姿とメイドさんが気を使って用意してくれたであろう布団が床に敷いてあるので入り込む。 全てが終わって急激な眠りが襲ってきたので目を瞑ると一瞬で俺は闇に落ちた。 …… チチチ… 鳥の鳴き声が耳につく。 ん?… なんだか日差しか、あったかい。 寧ろ暑いぐらいだ… 目を開け横を見る。 「ち…ちゆ…」 いつのまにか千雪は俺の布団に潜り込んでいた。 ゆっくりと起こさないように布団から出る。 すやすやと眠る千雪は平気で幸せそうな顔だ。 …なんだか、俺だけ振り回されてているような。 「てか、なんで俺の布団にいるかなぁ…」 不意に携帯を見るともう7時過ぎになる… 千雪が起きるか分からないし… 1度家に戻りたい… これは遅刻だな。 悪戯に千雪の寝顔を撮ってみる。 なんだか微笑ましい。 ふぁーっと、あくびをしながら部屋を出ると、 使用人のメイドさんと「おはよう御座います」 と挨拶を交わし、 メイドさんと一緒に朝食の準備をすることにした。 …… 「ちゆー?まだ寝んのー?」 ゆさゆさと布が擦れる音がした。 「ん?…あれ?春くん…何時?」 眠たげに起き上がると、もう8時過ぎてるよと言われてハッとする。 今まで遅刻とかしたことなかったのに、 やってしまった…最近早退もしちゃったのに… 「おはよ、朝ごはんできてるよ」 春くんの言葉で良い香りがすることに気づく。 …私が春くんの布団に潜り込んだことについては、特に理由は聞かれなかったけど、 ただ温もりがほしくて 滅多に友達を家に招かなかったので 甘えちゃったんだけど。 春くんはどう思ったかな? そんな事を考えながら、 リビングに行くと春くんが作ったという フレンチトーストとスープが並んでいた。 一宿一飯の恩義みたいなもので 作ってくれたみたい。 美味しい。 お腹を満たして、身支度をする。 春くんは一回家に戻らないと服がないから先に出ようとしたが… 私が呼び止めようとするのを察して 「一緒に行こうか」 と優しく言ってくれる。 甘えられるのは、きっと今だけだなぁ。 学校では2人ともいつも通りに戻っちゃうかな… 春くんの気持ちもわからないけど、 私は今の関係が凄く心地が良いから このままでいられたら嬉しいな。 きっと変われる一歩になれると、 期待を膨らませて。 春くんと一緒にバイクに乗り走る。 学校につく頃には もう二時間目が始まっている時間だった、 バイクを降りて私は話し出す。 「ねぇ、春くん…」 私が心配な顔で見つめていると、 おでこをトンッと小突かれる。 「心配すんな、そのままのちゆで大丈夫、すぐに変わろうとしなくていいから、俺はずっとちゆの友達だからさ、1人じゃ無いよ?一緒に頑張ろう」 そう言って、バイクから 春くんが荷物を下ろしている後ろ姿を見て、 嬉しくてただただ感謝がしたくなった。 … 春くん…ありがとう… そっと服の裾を掴んで小さく呟いた。 これからが本当の私だから。 私を見て、私を好きだって言って欲しい。 本当の恋を探して、 今日も私は鳴き続けるの。 END ……… はい…(魂の抜け殻 どうもーーー! 神条めばるです!!! やっっと、千雪ちゃんの話完結編でした! この2人…距離近過ぎて書いてる作者が ただただドキドキしっぱなしでした。爆 というのも、千雪との話を書くにあたり、 どうしても【愛】がテーマになってしまうなぁと思いまして。 恋愛的なイメージじゃなくて、 寂しさを打ち消してくれる居心地の良い、、、なんだろう空気感(?)みたいなものを作り出さないと始まらないよなぁって思いました。 春輝は本当ならこういうことに関わるのはよくないなぁって思うけど、 どうもほっとけないタイプなのもあるし、 めちゃくちゃ流されてるし。 ストーリー的には千雪が圧倒的に強いです。笑 お願いされると、なんか駄目なんですねぇ。 まぁいつか、本気で好きな人が出てくるまで 寄りかかってていいよって、 春輝なりの優しさがそこにあるんですけど、 詳しく書いてない裏側の春輝の話があるんで…そこはいつか解説します( 理由は、、、ちゃんとある。 さてさて、 これで千雪が本当にトラウマを克服できた訳ではありません!!!!! 守ってくれる人がいる安心感が生まれただけなんですね。 こっから、彼女がみんなと歩み寄って、 やっといろんな人を頼ったり、自分の気持ちを話してみたりぶつけてみたり、 そうやって自分が自分であるために変わっていく事ができたら良いなっていう一歩です! 春輝はきっかけを生み出しただけなので、 本当に好きな人をこれから見つけ出していくんだと思うんです…! 春輝は応援しています。 常に誰かの背中を押してあげるタイプなので…後は千雪次第で未来はいろいろ変わっていくんだろうなぁ。 もちろん、春輝は仲良い(仲良すぎだけど お友達なので…こっから更に2人がどんな会話をしたり遊んだりするのか…楽しみです!! ちょっと距離近いよって思ったら、誰か注意してあげてね?笑 千雪と仲良くなるきっかけの話ができて嬉しかったメバル… なんと明日もシナリオが続きます〜(強 怒涛のシナリオ続きですが… 夏は更に楽しいストーリーになるので、 ワクワクしています。 (楽しいわけではないものもあるよ 非常にシキケンライフを楽しみ過ぎてて、 コロナで大変な世の中ですが、 毎日ハッピーです!みんなありがとう! ここまで読んでくださり、 ありがとうございましたーーー! また明日をお楽しみに〜!!! では。
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