死因

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死因

「何で相談せずに死んだんだ?!」 小心者の父が自殺するとは信じられない。臆病で採血すら大仰に喚く。緊急事態宣言下で会社と従業員の将来不安に圧し潰された心情は想像に難くない。だからといって死ぬほど悩むか。関係者の話をまとめると財務諸表は健全らしい。 事業はコロナショックの影響を受けにくいジャンルだ。橋梁の保守点検を目視で行っている。地味でしんどい仕事だ。高架からロープでぶら下がったり、専用のレーンをゴンドラで移動しつつ望遠鏡で細かい亀裂や歪みを発見する。発注主の大元は国交省だ。お役所関係で堅い。直接、コロナ禍を被るとすれば公共事業費の大幅削減だ。しかし、父の会社は大口契約を受注していた。 そんななか、逢坂西港サービスの破産申請が受理された。速報で知った俺は父の遺品を保全しようと試みた。 「アルコール消毒と現場検証は終わってます。入れるのは今だけです」 規制線を越えて俺は刑事ドラマの視聴者から当事者になった。 「物品は塵一つ持ち出せません。撮影も録音も一切禁止です」 担当者に念押しされて渋々スマホを預けた。生き血で描いた遺言も咄嗟の走り書きも消されているという事だ。本当に自殺だったのか。
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