追憶

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追憶

5分ほどで退出を促された。その前に俺は記憶に焼き付けた。休憩時間に遊んでくれた従業員。危ないから一切触るなと言われた装置類。ぶら下っているフックは鋼線や機材を吊るす場所だ。橋を支えるワイヤーを編むためだと言ってた。そんな油と錆に塗れた思い出に終止符を打つ。最後に父が根城にしていた作業台に別れを告げる。広げたままの書類と壁の落書き。親父はメモ魔で至る所に走り書きする癖があった。得意先の電話番号や受注番号を鉛筆で書きなぐってある。 「そろそろです」 管財人を名乗る男が警官立ち合いのもと、備品に証書を張り始めた。無断で持ち出すと法に触れると脅す。 俺はスマホを取り戻し思い出の我が家に背を向けた。平和な過去は死んだのだ。遺産相続や弟の転院など明日からサバイバルゲームが始まる。アプリが新着ニュースを告げた。 逢坂西港サービスは上海の投資ファンドが取得するという。どうでもいい話だ。ただ気がかりな通知があった。 親父に関する噂が纏められている。
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