夜、コール。雨音。

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夜──静かな夜だ。時間は、地球時刻で、21時。彼女との約束の時間だ。いつもの番号に電話をかける。無音だった世界に呼び出し音が響く。 『──もしもし。』 すぐに、馴染みのある彼女の声が返ってきた。 「もしもし、僕だよ。今日もお疲れ様。そっちはどう。変わりない?」 『ええ、そうね。何も変わりないわ。ありがとう。』 こうして、毎晩21時に僕から彼女に連絡をするというのが、遠距離恋愛中の僕らの約束事となっていた。毎日会話をするものだから、特に何か話題があるわけでもない。それでも、僕らは他愛無い話を繰り広げる。 『仕事はどう? 上手くいってるの。』 「まずまず、かなぁ。早く仕事に区切りがついて、君のところに帰れればいいんだけど。」 ふと、彼女側の音声に微かに雑音が重なって聞こえるのに気付いた。いつもなら聞こえなかった音。 ザァァーッ……。水が流れる音のような、或いはテレビの砂嵐のような、そんな雑音。 「何の音?」 『──え?』 「ああ、いや。そっちから、ザーッと音が聞こえるような気がして。」 『……。』 少しの沈黙の後、彼女は答えた。 『雨の音よ。雨が降っているの。』 ―*―*―*―*― 記憶を辿る。彼女と出会ったのも、雨の日だった。 ──あれはまだ学生だった頃。夕方。土砂降りの雨。鈍色のキャンパス。普段なら誰も用のない古い東棟に僕は来ていた。此処に貸し傘が置いてあることを記憶していたからだ。間の抜けたことに僕は、梅雨だというのに、傘を持ってきていなかった。 傘は一本だけ残っていた。僕は安堵して、それを手に取ろうとする。すると、後から誰かが来る気配がした。振り返ると、困ったような笑みを浮かべた女の子が一人立っていた。艶のある黒髪は雨に濡れ、少し癖毛なのか、ゆるやかな波を描いていた。滴る水に、溶けてしまいそうな白い肌。澄んだ淡い茶色の瞳が僕を見つめていた。 僕は、彼女に傘を譲ろうとした。彼女は断った。そして、僕らは二人で一本の傘をさして、駅まで歩いた。 「似た者同士ですね、私たち。」 雨音が響く傘の下、彼女はそう言って笑った。 ―*―*―*―*― 21時。電話をかける。 『──もしもし。』 彼女の声。ザァーッという雑音が重なって聞こえる。 「今日も雨なんだね。」
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