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『ええ、そうよ。そういえば、火星には、雨は降らないの?』
「降らないよ。だから、雨に打たれる心地すら恋しい。一度は、地球に帰りたいな。何より、君に会いたいし。」
『私も会いたいわ。でも、まだ戻ってこない方が良いと思うの。もう少しこっちの環境が落ち着いてからで。』
「相変わらず、そっちは大変そうだね。君は大丈夫?」
『ええ、私は大丈夫。私は、あの日に運良く、頑丈なシェルターに逃げ込めたから。此処に篭ってさえいれば大丈夫よ。退屈だけど、それだけ。危険はないわ。』
「……淋しいだろう、ごめんね。」
『こうして、あなたが毎日電話してくれるから、淋しくなんかないわ。』
──あの日起こったことの全ては、事前に予測されていたことだった。地球の南半球に、巨大な小惑星が衝突すること。その影響で、地球全域に有毒な塵が吹き荒れること。気候が変動し、急激な寒冷化が進むこと。
だから、人々は、その備えとして、地球の各地に一時的な避難の場としてのシェルターを築いた。そして、火星を移住先として開拓すべく、火星に開拓員たちを送り込んだ。僕も、その開拓員の一人だ。僕と彼女は、火星と地球とで、離れ離れになった。
そして、実際に小惑星は衝突し、地球の環境は急変した。──彼女は、過酷な環境でただ一人だ。どれだけ淋しく、心細いことだろう。だから、早く、彼女の元に行きたい。でも、そう言うと彼女は、僕を火星に引き留めようとする。
21時、電話をかける。──雨音が聞こえる。
『火星人には、もう会えた?』
「いいや、全く。」
『そう、残念。』
21時、電話──雨音。
「地球に帰りたいな。」
『駄目よ。まだ、危険だわ。』
21時、電話──雨音。
『私のことは、何も心配要らないわ。だから、あなたはそっちで、自分の仕事に集中してね。』
「うん、ありがとう。」
21時、電話──雨音。
「あの時は本当にびっくりしたなぁ。覚えてる?」
『ええ、勿論!勿論!忘れるはずないわ。確か、あの後──』
21時、電話──雨音。
「──それじゃあ、また明日。」
『──また明日。』
……あれから、幾度、彼女に電話をかけたことだろうか。
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