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雨は──回線越しに聞こえるあの雑音は、止まなかった。それどころか、次第に大きく激しく聞こえるようになっていく。そして反対に、彼女の声は小さく掠れていく。今にも掻き消されてしまいそうだ。
──はっきりと聞こえるようになった今だから分かることがある──これは、やっぱり、雨の音、なんかじゃない。何か機械が発する雑音だ。劣化した機械が発する雑音。薄々抱いていた嫌な予感が、現実のものとなる。
……おそらく、回線の先に、彼女は居ない。
―*―*―*―*―
記憶を辿る。職場の昼休み。休憩スペース。
食事を終えた僕は、親しい後輩と向かい合い、雑談をしていた。突然、ポケットに入れていた端末が震える──見知らぬ電話番号からの着信だった。
「もしもし?」
『あっ、すいません!間違えました。』
慌てたような女性の声。それだけで、通話は切れてしまった。
「……間違い電話だったみたいだ。」
「多分、悪質なセールスですよ、それ。」
「そうなんだ。よく分かったね。」
「僕にもかかって来たんです。調べたら、女性向けのシャンプーの押し売りでした。手当たり次第に電話して、男が出れば、間違い電話のフリして切るみたいです。」
「最近、やたらこういう迷惑電話が多いみたいだ。」
「スピーカーのせいです。」
「スピーカー?」
「AIスピーカー。最近のは凄いらしいですよ。やたらと高度な人工知能が搭載されているそうで。電話機器に接続すると、スピーカーが自動で電話をかけて、会話も巧みにするんですって。それで、押売りなんかをするような業者に、悪用されているらしいです。人員を雇わずとも、機械が勝手に電話をかけてくれますからね。売り放題です。」
「機械が人間を騙す時代か。なんか、怖いね。」
電話越しに聞いた女性の声、とても機械だとは思えなかった。嘘を吐くのは人間の特権だと思っていた。でも、どうやら違うみたいだ。嘘を吐くのも、もはや機械の方が上手らしい。僕は、不気味さを覚えていた。
―*―*―*―*―
21時、電話をかける。
『火せ……は、ザザッ……んな感じ。上手くいってるの?ザザッザザザッ……ザザーッ──』
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