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僕の電話の相手は、スピーカーだ。いつからだったのだろう。彼女は、きっともうどこにも居ない。おそらく、地球の過酷な環境に身体を病んで、とっくに生きてはいなかったのだ。それで、僕に悟られないように、スピーカーに代役を務めさせていたのだろう。──彼女の癖のついた黒髪も、白い肌も、紅茶色の瞳も、もう何処にもない。
それでも、何故か僕は、電話をかけるのをやめることはできなかった。
『ザザーッ……ザァァーッ……ザァァーッ……』
最早、雨音のような雑音しか聞こえてこない。
それでも、僕は今晩も、その雨音に向かって話しかける。
「もしもし、僕だよ。今日もお疲れ様。そっちはどう?変わりはないかい。」
21時、電話──雨音。
『……ザァァーッ……ザザァーッ……』
「……。」
『……ザァァーッ……ザァーッ……』
「……火星の開拓だけど、順調に進んでいるよ。地球は恋しいけど、堪え時だね。いつか、君もこっちに来てもらって、二人で不自由無いように暮らしたい。だから、その時の為に今は──……あれ、え──」
言葉が上手く出ない。
「──だから、それま──え?あ。──ザーッ、ザァァーッ……──」
──ザァァーッ。
──雨音だ。彼女の方だけじゃない。こちら側だ、僕の方、僕から響いている。
ああ、そうか。そういえば、そうだったな。忘れるなんて、分からなくなるなんて、どうかしていた。僕も、とっくに壊れていたのかもしれない。自分のことを──僕だと──彼自身だと思い込んでしまっていただなんて。
……一体、いつからだったのだろうか。彼が先だったか、彼女が先だったか。分からない。一体、いつから、機械同士で会話をしていた──?
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