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第三話 野盗
帝都から北西に輸送飛空艇で三日間の距離に『狼の巣』という名称の要塞がある。
『狼の巣』は北西街道上にあり、帝都と港湾自治都市郡との中間地点に位置し、北西街道を警戒する帝国軍の拠点であり、革命中は革命政府の麻薬製造工場になっていた。
ジカイラ達を乗せた帝国軍の輸送飛空艇が、『狼の巣』に到着したのは三日目の昼前であった。
ジカイラが皆に告げる。
「乗り換えだ。ここからは陸路で移動する」
ジカイラ達は要塞司令部に行き、陸路を移動するための幌馬車と必要な物資を手配すると、昼食を取りに食堂に入った。
帝国軍が『狼の巣』を革命軍から取り戻した時に、食堂は再建されていた。
ティナが昼食を食べながら、傍らのヒナに話し掛ける。
「幌馬車なんて、メオス王国を旅していた時みたいね」
「そうね」
ルナがティナに尋ねる。
「メオス王国って?」
ティナが自慢気に説明する。
「ここから、ずーっと東に行ったところにある森と湖の王国よ」
「そんなところがあるんですか!? 行ってみたいなぁ」
ルナは、生まれ育った獣人荒野しか知らないため、『森と湖の王国』と聞いて目を輝かせる。
ヒナがルナに教える。
「でも、夜は動死体に襲われたりして、結構大変だったわよ」
「そうなんだ」
ケニーも会話に加わる。
「メオスで奴隷商人と戦ったときのラインさんは凄かったよ」
ルナがケニーに尋ねる。
「ラインさんって?」
ケニーがしたり顔でルナに教える。
「ラインハルトさん。ティナのお義兄さんの皇帝陛下だよ。以前、僕たちが所属したユニコーン小隊の隊長で、上級騎士で、とにかくめちゃくちゃ強くて、カッコ良かった」
ルナがケニーに尋ねる。
「その人って、どれくらい強いの?」
ケニーが自慢気にルナに教える。
「奴隷商人の傭兵団を、ほとんど一人でやっつけちゃったからね」
ルナが驚く。
「ティナのお義兄さんって、傭兵団を一人で倒したの!? 凄いね!!」
ティナも自慢気に話す。
「ふふーん。なんたって、私のお義兄ちゃんだからね!」
じっと話を聞いていたジカイラが口を開く。
「ラインハルトは、アイツは真っ直ぐな奴だからな。『麻薬取引』とか『奴隷貿易』とか、そういった悪事は、存在そのものが許せないんだろう」
「ふぅ~ん・・・」
ルナは両手を組んでテーブルに肘を付くと顎を乗せて、懐かしそうに話すジカイラの横顔を見詰め、獣耳を動かして、その話を聞いていた。
食事を終えた五人は、手配した幌馬車へ向かう。
ジカイラが幌馬車を見ると、幌馬車の後ろには、しっかりと『野戦炊飯車』が連結されていた。
ジカイラがティナに話し掛ける。
「お前、いつの間にコレを持ってきたんだ!?」
ティナが得意気に話す。
「私の『手荷物』扱いで輸送飛空艇に乗せてきたのよ。便利でしょ?」
ジカイラが呆れる。
「まぁ、お湯も沸かせるし、便利だから良いけどさ・・・」
『野戦炊飯車』は、ティナが士官学校時代の戦闘糧食研究会(お料理サークル)で研究試作したもので、煙を出さない魔導石を熱源として煮沸や調理ができ、馬車で牽引できるという車両機材であった。
五人は幌馬車に乗り込むと港湾自治都市群へ向けて出発し、『狼の巣』を後にした。
--夕刻。
ジカイラ達は、陽のある間は北西街道を港湾自治都市群へ向けて幌馬車を進める。
幌馬車はジカイラが御者を務め、ヒナが傍らに乗っていた。
時間と共に陽は傾き、夜の帳が下りてくる。
ジカイラが傍らのヒナに話し掛ける。
「・・・そろそろ日没だ。夜営の準備をしないとな」
「そうね」
ジカイラ達は幌馬車を北西街道から少し入った木立で夜営を行った。
五人で夕食を取ると、ジカイラ、ヒナ、ティナが幌馬車で休み、ケニー、ルナが夜の見張りを行うことになった。
--夜も更け、月が高く登った深夜。
ケニーが一緒に焚き火を囲んで夜の見張りを行っているルナに話し掛ける。
「ルナちゃんは、夜、起きているのは大丈夫なの?」
ルナは笑顔で答える。
「私を心配してくれるんですか? 大丈夫ですよ!」
ケニーも笑顔で答える。
「今のところは順調だね」
「そうですね」
そういった矢先、焚き火を囲んで座っていたルナが突然、立ち上がる。
驚いたケニーが尋ねる。
「どうしたの!?」
「シッ! 静かに!!」
ルナは、街道の方向を見て獣耳を動かし、聞き耳を建てる。
「誰か、こっちに来る!」
ケニーもルナの視線の先を見詰める。
街道を複数の人影が近付いて来る。
「僕が探ってくる。 ルナちゃんはここで待ってて!」
そう言うと、ケニーは足音も無く街道脇の茂みの中を疾走して人影に近付く。
月明かりの夜の中、街道を歩く複数の人影にケニーは目を凝らす。
木槍を持ったボロボロの衣服や壊れた鎧を纏う集団。
野盗化した革命軍部隊であった。
ケニーは危険を察知する。
(・・・マズい。野盗の集団だ!!)
ケニーはすぐ走って夜営に戻る。
「ルナちゃん! 野盗の集団がこっちに来る! 僕が時間を稼ぐから、ジカさんたちに知らせて!」
「判ったわ!」
ケニーは街道脇に出ると、茂みの中から強化弓で野盗の集団の先頭の者を狙う。
ケニーは茂みの中から矢を放った。
音も無く飛んだ矢は、野盗の先頭の男の頭に刺さる。
「おい!?」
突然、仲間が倒れた事に野盗の集団が気付く。
ケニーは続けて二回、矢を放つ。
矢はそれぞれ野盗の頭と喉を貫いた。
「敵だ! 襲撃だぁ!!」
野盗が集団が騒ぎ出す。
ケニーは愛用の二本のショートソード『ケニー・スペシャル』を抜いて両手で構えると、街道沿いの茂みの中を走り、野盗の集団に斬り込む。
ケニーの使うショートソードは、二本とも鍔の部分が通常のものと違い、片方が『十手』のように湾曲していた。
ケニーは、背後から走り寄り、野盗の一人を背中から刺す。
野盗の一人がケニーに気付き、木槍を向けて構える。
「野郎!!」
ケニーは右手のショートソードの柄で野盗の木槍を受けると、素早く身を翻して左手のショートソードで野盗の喉を突き刺す。
「クソッ! コイツ強ぇえ!!」
野盗が悪態を突きながら木槍を構える。
ケニーは懐から二本の短刀を取り出すと野盗に向けて投擲する。
ケニーの投げた短刀は、野盗の目と喉を貫いた。
野盗の先頭集団はケニーが倒したが、野盗の主力がケニーの前に現れる。
野盗の主力は、五人が横一列に並んでケニーに木槍を構える。
ケニーは野盗の主力集団に向かって、二本のショートソードを構えて対峙する。
(・・・チッ! 槍衾か!!)
ケニーのショートソードと野盗の木槍では、木槍のほうが長いため、ケニーは相手の懐に入らないと倒す事が難しい。
相手に槍衾のように並ばれると、懐に入り込む隙が無くなる。
野盗のボスらしき男がケニーに話し掛ける。
「やるじゃないか。お前、スカウトか?」
「残念! 忍者だよ!!」
そう言うと、ケニーは野盗のボスに向かって舌を出して挑発する。
「舐めやがって!! やれ!!」
野盗のボスの命令で、野盗は木槍を横一列に並べてケニーに近付いて来る。
ケニーは、二本のショートソードを構えながら後退りする。
「氷結水晶槍、四本!!」
ヒナの声と共に、四本の氷の槍がケニーの後ろから両脇をすり抜けて飛んで行き、木槍を構える野盗達を貫き、なぎ倒していく。
「ケニーたん!!」
「ケニー!!」
ジカイラ達がケニーの元に駆け寄る。すかさずティナが仲間達に強化魔法を掛ける。
ジカイラはケニーの前に出ると、斧槍を大きく二度、振り回した後、正眼に構えて名乗りを上げる。
「帝国無宿人、ジカイラ推参!!」
野盗のボスが命令する。
「フザけやがって! 仲間が来やがったか! やっちまえ!!」
野盗の集団がジカイラ達に襲い掛かる。
ジカイラは腰を落として深く息を吸い込み、貯めの姿勢を取る。
( 一の旋!!)
ジカイラの渾身の力を込めた斧槍の一撃が剛腕から放たれる。
ジカイラの斧槍が一撃で五人の野盗を薙ぎ払う。
更に三人の野盗がジカイラに襲い掛かる。
(来やがったな。 二の旋!!)
ジカイラが身を翻して連続攻撃を放つ。
ジカイラの斧槍の矛先が、『燕返し』のように同じ軌跡で戻ってくる。
再びジカイラの斧槍が一撃で三人の野盗を薙ぎ払う。
「ヒィイイッ!! コイツ、化け物かよ!?」
ジカイラの猛攻と立ち回りを見た生き残りの野盗が悲鳴を上げる。
怯んだ野盗達にルナとケニーが斬り込む。
ルナは、野盗の木槍の攻撃をバックラーで弾いて避けると、踏み込んで剣で野盗を突き刺す。
ジカイラは、ルナの戦いぶりを見ていた。
(・・・なかなか、やるじゃないか。革命軍の兵士よりは強いってことだな)
ヒナは生き残りの野盗に向けて手をかざし、魔法を唱える。
「氷結水晶槍、二本!!」
空気中に二本の氷の槍が作られると、生き残りの野盗に向かって飛んで行き、刺し貫く。
野盗のボスが怯み出す。
「クソッ! 魔導師まで居るのか! 退却だ!! 引け! 引けぇ!!」
ボスの退却命令で、野盗の生き残り達は、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
野盗が逃げていく様を見たジカイラが斧槍を肩に担いでケニーに話し掛ける。
「・・・終わったな」
ケニーがジカイラに答える。
「逃げて行ったね」
ティナがジカイラとケニーの元に来て話し掛ける。
「・・・彼奴等、なんか、格好が革命軍に似てなかった?」
ヒナも三人の元へ来る。
「革命軍の残党ね」
ルナが四人の元へ戻って来て尋ねる。
「革命軍の残党?」
ジカイラが野盗の生き残りが逃げ去っていった北西街道の先を見ながら答える。
「ああ。革命政府から帝国政府に国の体制が変わって、どこに行くことも出来ない、行き場を無くした敗残兵さ」
五人は、月明かりが照らす北西街道の上に立ち並ぶ。
夜風がその顔を撫でながら吹き抜けていった。
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