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入社して3年目。
職場の同僚数人と、花火をしようと海へ出掛けた。
行きがけに、コンビニへ寄ると思い思いの買い物をする。
肝心の花火は、色んな種類の詰め合わせを買った。
こうして職場の親睦を深める機会とは関係なく、仲良しというわけでもない
人が集まり、楽しみを作る。
この環境は嫌いじゃない。
就業時間を過ぎたと言っても、外はまだ明るい夏。
日が暮れて、真っ暗になる前には海へ行かなければ。
マイカー出勤の人の車に乗り合わせて、向かう。
ふと見覚えのある道沿いを走ると、窓から覗くのは懐かしい公園。
あの公園は一度しか行ったことがないのに、私にはとても思い出深い公園だ。
あの夜も突然花火をしようということになり、一緒に花火を買って楽しい時間を過ごした。
花火の明るさに気を取られて、満天の星空には気づきもせずに。
最後の線香花火に手を掛けた時、別れの時間が来たのだとわかった。
心もとなげに放つ、火花を見つめる二人。
終わってしまう寂しさが、まだ帰りたくないと思わせた。
あの思い出は、今でも鮮明に思い浮かべることができる。
いつの間にか黙りこくってしまっていた私に、佐藤さんが話しかけて来た。
「……高木さんは?」
「え?」
「花火、いつ振り?」
「ああ、今年は初めて」
「やっぱり?そうだよねー、私も!」
車内での会話が「今年何度目の花火か」という話題だったらしい。
乗り合わせた全員が今年初めてだということになり、意気込みも高まった。こういう場合は全員一致という状態が、仲間意識を高めるものなのかもしれない。
彼との時間も、そう言えばそうだった。
ずっと私より遊んでいそうな人だったけれど、久しぶりだとはしゃいでいた。
線香花火の最後の火がぽとりと、地面に落ちる。
「あー、落ちたー!」
「ふふ、花火もう最後だった?」
「うーん……うん、最後だ」
「そっか、じゃあ終わりだね」
燃え尽きた花火たちを二人で集めて片付けると、いよいよお別れの時間。
ゆっくりと出口へ向かう途中、彼が夜空を見上げるとこう言った。
「……花火みたいだね」
立ち止まって同じ方角を見上げて見ると、深い藍色の空に星が瞬いていた。
視界の全てが、星屑に埋め尽くされてしまうような夜空だった。
「本当、星が降って来てるみたい」
そう呟いた私を、彼は抱きしめた。
あまりに突然の出来事で、一瞬何が起こったのかわからなかった。
彼の匂いに身を包まれ、何か心に灯火が灯ったような気がした。
その瞬間を思い出して、胸がきゅっと締め付けられる。
出会って、お互いを知り始めた夏の夜だった。
そっと彼の背に手を回す勇気が、私にはなかったことまで思い出す。
もしあの時、ほんの少しの勇気で彼を抱きしめ返していたなら……。
私の現在も、変わっていたんだろうか。
静かな夜の思い出が、まるで甘酸っぱい初恋かのような気分になってしまう。
肩越しに見える星空が、今でも心に降り積もっている。
「夕焼けが綺麗だねー!」
「海まであとどれくらい?」
「んーあと30分くらいかな」
「オッケー、安全運転でお願いーっ」
車内の会話を遠くに聞きながら、過去の恋に胸が高鳴った私だった。
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