写し雨の恋情

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ぱしゃん…、ぱしゃん。 ぼんやりとした覚醒間際の耳に届く音。 窓を開けたまま一晩眠っていたのだろうか。 水滴が水面をたたくような音で目が覚めた。 どんよりとした曇り空を見上げて私は朝から絶望した気持ちに包まれていた。 今日だけは、今日だけは晴れてほしかったのに。 レースカーテンのように白く細長い線を描いてとめどなく落ちてくる冷たい水滴たちに、重い息をついた。 気合を入れてふんわり仕上げようと思っていた髪も学校へ向かう前に湿気でぺしゃんこになるだろうし、まして濡れてしまっては意味がない。 結局いつもと変わり映えのしない鏡の中の自分の姿を見て、せめてこれぐらいはと色つきのリップグロスを塗り、虹が描かれたお気に入れの傘をポンと開く。 未だ止む気配のない雨空をひと睨みして、家を出た。 頭の中に小さな屋根を広げて駅から学校へ続く道を歩く。 同じ制服をまとった人々がうつむきがちに歩を進めるなか、私だけは人と人の間を足早にすり抜けながらチラリチラリと傘の中に隠れている顔を覗き見していく。 私だって憂鬱な雨天の日は、傘の中でひっそり小さな世界を創るけれど、今日だけは傘が邪魔だ。これじゃ彼を探せない。 顔の判別が付くか付かないかの数メートル先、探している顔が見えた気がした。本当に一瞬だったから、見間違いかもしれない。 確かめに駆け出そうとしたその瞬間、肩をポンと叩かれた。 「おはよ」 「お…っ?! は、よ、、」 知らず知らず緊張していたのだろう、ビクリと身体をすくませて勢いよく振り返る。期待していた姿とは違う親友の姿に、自然にトーンが下がった。 「そんなあからまさにがっかりしないでよ~」 「ごめんごめん、つい…」 考えてみれば彼から声がかかることなんてあろうはずもないのだ。向こうは私のことを単なる同級生としか認識していない。思春期まっさかりの私達は男女別で行動することが常で、わざわざ声をかけて談笑しようものなら周りから冷やかしの対象になること必至だ。 今日という大事な日にそんな危険を自らしようとはしないだろう。 「小学生の頃なら普通に話せたけどね~、自分から行くしかないんじゃない?」 「それができれば苦労しないよ…」 彼は今日でこの学校を去る。 父親の転勤に付いて行くらしい。学期途中のこの時期になったのは、受け入れ先の準備が整うまで色々あったらしい。 そして私はその色々に感謝していた。同級生という役回りがあるうちに、少しでいい、彼ともう一度話がしたいのだ。 これでも小学校が一緒で低学年のうちは一緒に外遊びしたりして親しかったのだ。高学年になるにつれ少しずつ男女の溝ができていったものの、話しかけたり声をかけられたり、親しい同級生の中に入っているつもりだった。 中学に上がって幸運にも同じクラスだったから毎日姿は見ていたけど、男女で親しく会話することに次第に照れが出てきて、疎遠になっていたのだ。 溜息をつきながら学校に到着して彼の靴箱をチェックすると、すでに外靴がそこに鎮座していた。 思わず廊下に目をやると、聞きなれた声を耳が拾う。 おはようと、澄んだよく通る声。 心なしかいつもより多くの同級生に声をかけられていて、その一つ一つにきちんと挨拶を返している。 「…!」 あの人波に乗って、今なら声をかけられそうな気がする。 駆け寄りたい気持ちが焦りになって、まだ靴のままだった足がたたらを踏んだ。 「ぅわぁっ!」 咄嗟に靴箱を掴んで転びそうになったところを耐えて、惨劇にならなかったことに自分で自分を褒めてやる。安堵の息をついている間に彼は行ってしまった。
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