四.

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「そちらの方は、お客さまかしら?」 「まあね。もし彼が住人になったら、面倒みてやってくれる?」 「ええ、もちろんよ。ご希望ならば」 「ありがとう。用事は終わったのかい? 買い物かごが空っぽだ」 「あらやだ。そう、お買い物にいく途中だったのよ。クータさん、また今度ゆっくりお話してちょうだいね」 「そうしよう」  さようなら、と手をふった彼女はそのままヒールの音を鳴らして、先ほどの男性と同じ方向へ歩いていく。 「シン、こっちだ。行こう」 「あ、うん!」  人ごみの中を抜けるように歩く。クータのほうが歩くスピードがはやく、シンは見失わないようにと懸命に目と足で追いかけた。  すれ違う面々と軽く挨拶をしたり、手をふったりする様子は、クータがこの街の人たちから慕われているということがよく分かるものだった。 「クータ、クータ」  先を行くクータに小走りでおいつき、名前を呼ぶ。 「なんだい」 「クータは、知り合いが多いんだね」 「それもあるけど、みんな結構気さくだから。挨拶をすれば、返してくれるよ」 「へぇ、いいなぁ。ここに住めるって楽しそう」 「そうかな?」  シンがうらやむようにいうと、クータは苦笑いで答えた。そして、自身の歩く速さに気付いたのか、今度は並んで歩けるようにとスピードを落とした。 「君がいたところは太陽が沈んだら月が出ていたと思うけど、ここには時間という概念がない。言うなれば、ずっと夜だ。それでもいいの? なんなら季節というものもない。天気は……一応あるね。晴れ、はないけれど、天気がいいか悪いか、それくらいしかない」  そう言われて、シンは空を見上げた。夜のように暗いと思っていたが、これは“夜”らしい。そして、涼しいような冷たいような風も吹いている。
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