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「ヘラ様、アルケイデスと言う少年をご存知でしょうか」
「憎んでも憎み足りないあの子供がどうかしたの?」
ヘラの表情が厳しいものへと変わる。また機嫌が悪くなってしまうとめんどくさいな。ゼウスが嗜める。
「まぁまぁ、お前が乳を上げた子なんだから優しくしてあげて欲しいな」
「出来ません! それで、そのアルケイデスがどうかしたの? アポロン」
「あの時にお乳を差し上げましたよね」
「ああ、そんなこともあったわね。思いだすだけで乳首がジリジリと痛みで疼いてくるわ。近頃はゼウスも吸って下さいませんし」
ゼウスは首が一回転するかと思うぐらいにヘラから首を背けた。首を背けているにも関わらずに目は激しく泳ぎ切っている。
「その際に母乳が天に飛び散りましたね。確か天の川と呼ばれているとか」
「ヘラの母乳の川か。ステュクス川より怖い川だ」と、ゼウスがおどけながら言う。ヘラは修羅の形相でゼウスを睨みつけた。おう、こわいこわい…… ゼウスはしゅるしゅると小さくなる。
「その天の川、あまりに川の水量(母乳、星)が多く、夜になると溢れ出て、地上にも星が降るように流れ落ちたのです。それを浴びた人間は不死の体に」
「ほう、それで…… どの位の人間が不死になったのだ?」
「人間全員です」
ゼウスは腰を抜かして驚き、玉座の上から転げ落ちた。ヘラは玉座の上で顎を外したまま驚く。ハーデスはその場で腰を抜かしてしまった。そして、アポロンに尋ねる。
「もう少し、詳しく説明してくれないか?」
「つまり、人間全員が天の川より降り注ぐヘラ様の母乳を浴びて飲み不死身の体に…… 今現在、生きとし生ける人間は誰も死ねない体になってしまったのです」
天の川より降る星(ヘラの母乳)を浴びて飲み不死となった人間達はその喜びを歌にした。これは、この歌の一節を引用したものである。
Freude trinken alle wesen anden br üsten der natur;
全ての人間は神(自然、星々)の乳房より祝福(不死身の力)を得る。
おわり
余談だが…… 人間皆が不死となったことでアルケイデスの運命は大きく変わる。
本来、彼はヘラの狂気を受けて自らの息子を殺すことでその罪を償う十二の功業に赴くことになるのだが、息子も自分と同じようにヘラの母乳によって不死身となったために、狂気を受けて殺しにかかっても死ぬことはない。
アルケイデスはヘラクレスと名前を変えることなく、未来永劫家族と仲良く暮らすのであった……
天の川が天上に輝く夜に、天の川より降り注いだ星(ヘラの母乳)を受けた人間たちこそが、ヘラクレス(ヘラの栄光)と呼ぶに相応しいのかもしれない。
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