きみは今日も眠っている

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きみは今日も眠っている

今日も、この国は雨が降っている―― フレデリック=マイヨールは、静かに自分が仕える主人の部屋へと入っていく。ふわりと鼻孔を擽る、甘い花の香り。主人の性格をよく表している、落ち着いた色合いの内装。それに一度、今にも荒れ狂いたくなる心を整えると、数個ある部屋のカーテンを一つひとつ開けていく。 広がるのは、灰色の重い雲に覆われた空。カーテンを開けたところで、光はほとんど入ってこない。それでも日常に変化をつけたくなくて開けていけば、すぐに最後のカーテンに辿り着いてしまう。フレデリックはゆっくりと開けると、ふと窓の向こうにある景色に目をやった。 ここ、ルポデ・リュタン王国は国全体が色とりどりの花々に覆われ、その景色と花の生産で有名だ。そして、そんな国の王宮から見える眺望はとても鮮やかで、特にこの部屋は王宮の庭園が一望できる。 全てはこの部屋の主であり、この国の第二王子であるアベル=レナールのため。だが、今はそれも随分と色褪せて見える。 雨粒はしとしとと花弁を震わせ、地面に水溜りをつくっていく。ぽつりぽつりと窓を打ち、毎日磨かれるガラスに水玉模様を浮かべていく。もう何日、いや、何ヶ月降りつづいているだろう。フレデリックは、一ヵ月を過ぎた辺りで数えるのを止めてしまった。 恵みの雨も、こんなにつづけば悪だな。 フレデリックは薄暗い景色から目を離すと、ゆっくりベッドに近づくことにした。今日も人形のように眠る我が主。白くふわふわとしたベッドは彼を守るように包みこみ、いくつものぬいぐるみが囲うように置かれている。 今日こそ、目覚めてくれるだろうか。フレデリックはそんな願いを思い描きながらベッドに乗り上げ、そっと主人に寄り添うように身体を横にする。これは、俺しか知らない秘密の儀式。 少し乱れた前髪を梳き、白い頬を指の背で撫でる。 「アベル、おはよう」 主であり、恋人である名前を呼ぶ。耳元で囁き、布団の上から身体を抱きしめ。そうしてもなお、アベルは目を覚まさない。
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