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避けては通れないことだけれど。
父が亡くなって3か月が過ぎようとしている。
未だに、父のことを思うと涙が出てくる。
左官職人だった父は、その腕一本で、私たち家族を養ってくれた。
確かに「職人気質」ではあったけれど、どこか柔軟性があって、決して、怖いだけの存在ではない。
また、スポーツマンでアウトドア派。
スキーやスノボが得意で、インストラクターも務めていたくらいだ。特に、スノボは50代を過ぎたころから、
「覚えないと教えられないから」
と言って、基本からきちんとやっていたなぁと思い出す。50代の「おじさん」がスノボっていうのは、当時はスノボが流行り始めたころでもあったので、やはり目立っていたらしく、ゲレンデでも注目の的だったそうだ。
他にも、パラグライダーやら山登り、山菜採りも趣味だった。
私たちが小さいころには、とにかくいろんな思い出を作ろうと、遊んでくれたし、色々なところへ連れて行ってくれた。仕事現場にも連れて行ってくれたし、そこで人に接することや挨拶など、基本的なことを「見て」「自然に」覚えていったんだと思う。
まさに、私は、
「親の背中を見て」
育ってきたんだと思う。
当時は何も不思議に思わなかったけれど、今になって考えてみると、とても「しあわせ」な子供時代を送っていたんだな……とも思っている。
数年前、私がとある病気に罹患して、緊急手術した時のこと。
父も、この頃から体調を崩しがちで、趣味のひとつでもあった長距離運転は無理だったので、末弟が運転するクルマで、私が暮らしている街の病院まで来てくれた。
意地でも、私を連れて帰ろうとしたのだが、手術してまだ3日しか経っておらず(そもそもが、まだ抜糸すらしておらず、点滴もはずせなかったんだから無理な話しなのだが)、私も、主治医や病院を全面的に信用していたし、病院を変えるつもりは一切なかったため、面会室で喧々諤々していたのだが、父の後ろで母が苦笑いしていたのを覚えている。
「あんたのことがかわいくて、心配でたまらないのよ。あんなきついことを言っていてもね」
と、母。
「うん……」
病院の廊下を行く父の背中を見て、
「小さくなっちゃったな……」
と呟いた時、弟が、
「やっぱり、そう思うか…俺もなぁ、最近、特に思うんだよなぁ…」
と小さく返事をしてくれたことも思い出す。
退院後、長期療養中には、実家と暮らしている街を往復する日々が続いたが、その時も、なんやかんやと話しをすることも増えていた。
この頃から、体調を崩しがちになり、父は家にいることが多くなった。
それでも、身体が動く限りは、自宅の畑仕事をしたり、末弟に仕事の指導をしたりと過ごしていた。
私も、出来る限り、メールや電話で話をするようになった。
そうそう、父は「新しもの好き」でもあって、携帯電話も比較的、初期のころから持っていたし、家にいるようになってからはパソコンなどにも興味を持っていたし、スマホも使いこなしていた。
とにかく、前向きな父だったんだよなぁ。
容体が急変した、その日のことは、今も鮮明に覚えている。
いつか、絶対に来ることだと思っていたのだが、あまりにも急だったので、母からの電話で、アタマの中が真っ白になった。
どうやって新幹線に乗ったのか覚えていない。でも、とにかく早く行かなきゃ!と思っていたのは確かだ。
緊急搬送された、いつもの病院のICUで、半日、一緒にいることが出来た。
「ねぇ。お父さん、覚えてる?」
人工呼吸器をつけて、うとうとしている父のとなりで、私はずっと、話しかけていた。
いろんな思い出が、次から次へと出てくる。
最後は、涙声になっていたけれど、でも、父には聞こえていたと……信じている。
真夜中に、無言の帰宅をした父。
「ごめんなさい……」
思わず、こぼれた言葉。
ごめんね、お父さん。
私、何にもしてあげられなかったよ……
花嫁姿も見せてあげられなかった。
孫を抱っこさせてあげることもできなかった。
ごめんね、本当にごめんね……
父の横で、泣いていた私に、母が言った。
「あんたが病気の時ね、こう言っていたよ。『親より先に死ぬなんてのは許さん!』。子どもが、親より先に死ぬことほど、不幸なことはないって」
「……」
ドラマや小説なんかでは、よくあるセリフだと思う。
でも、私は実際に「そうなる寸前だった」ことも、今になれば強く思う。
「……そっか…」
「うん、そうなんだよ。あんたのことがかわいくてかわいくて……ずっと、心配していたんだから。それは、お母さんも一緒なんだよ」
「うん……」
もの言わぬ父の顔を見る。
やっぱり、父のことが大好きだ。
叱られた。
殴られた。
褒められた。
一緒に笑った。
いろんな思い出を作ってくれた……
これからも、ずっと、大事にしていくよ。
葬儀を終えて3か月が過ぎた。
夢を見た。
小さくなった父の背中が、また、さらに小さくなっていく。
平坦な、なにもないところを、父はゆっくりと歩いて行く。
その先にある、光に向かって歩いて行く父のうしろ姿。
「お父さん!」
声をかける私に気づいてくれたのか、立ち止まる。
でも、振り向いてはくれない。
私は、声を張り上げた。
「ごめんなさい……そして、ありがとう」
スッと右手をあげて、手を振る父。
そのまま、また歩き出す。
その先にある、光に向かって歩いて行く。
ふと、目が覚めた。
私の右手には、分けてもらった父の骨が入った袋があった。
「無事に「あっち」に着いたのかな?」
小さく、聞いてみる。
返事はないけれど……でも、無事に「あちらの世界」へ到着したのだろうと……思っている。
(了)
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