▶回想録◀自分だけ知らない

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とにかく肩を掴んで弟から引き剥がそうとする。暴れた父の腕が目の辺りに直撃した。敬は鈍い痛みに顔をしかめる。 「俺が馬鹿だった。六歳を過ぎたらすぐに蔵にでも閉じ込めておけば良かったのだ!!」 その止められなかった腕が向かう先は明白だった。 鈍い音と共に、忠の体が横に飛ばされる。 敬の中でかつてない怒りが沸き上がった。信じられない。なぜ殴るのか。 父はそこでようやく後ろにいる敬に気が付いたようだった。ちらりと目線が合う。敬は自分が仲介役にならなければと思った。 「お父様これはいった」 「ああ糞っ、何から手を付けたらいいんだ、今から火消しに回って間に合うというのか!」 そんな思惑で言葉を発した敬にはにべもなしに、荒い足音と壊れるほど乱暴な動作で戸を開け去っていく。嵐が去っていった部屋は、突如として静かになった。 父を追いかけ殴り返したかったが、体が何故か動いてくれなかった。それどころか力が抜けて崩れるように腰から落ちてしまう。あれ程苛立っている父を初めて見た。 (何で動いてくれない? ……嗚呼さっき当たった目が痛くて……) 敬は理由を探した。 痛いから、忠のケアが先だと思ったから。 どれも正しい。 しかしそれ以上、何よりも恐い。 その事実に気付いた。 自分ですら恐いのだ。十も年下の忠ならどうだろうか。想像するだけで胸が締め付けられた。 ようやく動くようになった体で、忠に駆け寄る。部屋の角で蹲っている忠は、その小さな両手で頭を守るように抱えていた。ぶつぶつと呟く声が聞こえる。 「私が……悪いんです。第六感がない人間は家に要らないって。家の格が下がるから必死で隠してきたのに、お前を産まなきゃ良かったって……」 敬は顔をしかめる。思い出したことがあった。 忠が倒れたあそこは業界の人間が住む通りから程近かった。そしてそこで黒霧が出たこともあって忠が倒れた後、ちょっとした騒ぎになったのだ。
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