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『あれって浦辻の家のお子さんよね、なぜ倒れているの? 残穢を見る限り特別強い異形でもなさそうだけど』
『だから第六感がないっていうのは本当だったのよ、喜ばしいことだわ』
『御三家の家だろう? 裏辻は実は落ちぶれてたから隠そうと躍起だったのだな』
その時は目の前で倒れている忠を運ぶのが先で、気にしてなどいられなかったが正直酷い憤りを感じた。倒れている人間がいる。なのに介抱することもせずただ遠巻きに眺めて、挙げ句喜んでいる。
しかし真からの話を聞いた今となっては、それらの台詞全てが妙に納得感のあるものだと気が付いた。
敬は緩慢な動作で首を振る。
これで父のあの激昂ぶりの理由が分かった。
分かったとて、納得できることではないが。
頭を守るように庇っている忠の両手の、さらにその上に敬はそっと手をのせた。
それからゆっくりと、恐怖心を取り除けるようありったけの穏やかさを込めて言葉を紡ぐ。
「忠、兄さんの目を見てくれる? 辛かったよね、ごめん。それからお願い、さっきアイツが言った言葉なんて忘れて欲しいんだ」
どんな誠意を込めれば、この声は届くだろうか。
敬はかんがえる。家の格なんかどうでもいい。
そんなもののために、人が自由に生きる権利は奪われてはならない。
「この世にいらない人間なんかいない。誰が何をしようと、何を言おうと忠は生きてて良いし、その価値は揺るがないよ」
忠の頭がゆっくりと動く。大粒の涙を溜めた瞳が恐る恐るこちらを見た。
「もう大丈夫、アイツは居ないよ。それより夜も遅いから部屋を片付けるのは明日にしてさ、今日は一緒に俺の部屋に行こう?」
ようやく合わさった目線に微笑んでそう言えば、忠はこっくりと深く頷いた。
良かった。声が届く。まだ大丈夫だ。
(自分が忠を、守らないといけない)
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