▶回想録◀自分だけ知らない

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切る。異形を切る。 狙いを定めていつものように動く。 歩幅と呼吸を合わせて、太刀筋は美しく。 異形の断末魔が響く。 ある日からそれが人間の悲鳴のように聞こえるようになった。 耳を塞ぎたい。 なのに刀を持ってる手がこんなにも重い。一ミリも動かない。なんでだろう。 さっきまであんなに動けてたじゃないか。 淡々と、マリオネットみたいに。 足を引きずるように歩く。先を行く父親が先ほどから何か喋っている。 いつの間にか裏通りを抜けて、人のいない街灯だけが灯る橋に差し掛かろうとしていた。 下を覗くと暗い水面に自分の顔が写る。 自分は何で生きているんだ? この暗闇に吸い込まれてしまいたくなる。 「穀潰しでしかないな。殺してしまおうか。」 その言葉で我に返る。 忠。ああそうだ忠。唯一の兄弟。 なにも知らない弟。 忠を守らないと、この目の前の男から。 それが俺の死ねない理由だった。 「とはいえ餓死というのも衆目が悪いからな。銃や刀で自殺に見せかけても良いが最近の警察、自分で売ったのなら腕が曲がる筈だから脱臼してないのはおかしいだのやけに細かいことを指摘するようになってきたからな。俺が若い頃ならある程度適当でも済んだのに。 全く面倒くさいったらありゃしない。」 それ以上喋らないで、忠を殺す方法なんて。 「···ねぇお父様、約束しましたよね。私が家を継いで、御三家の中でさらにトップに押し上げるような功績をあげますから。裏辻の名をこの業界の最高峰の一門だと認めさせますから、その代わりに弟は殺さないと。」 「そんなこと分かっている。ちょっとした冗談じゃないか。冗談の通じない奴は孤立するぞ、立ち回り方がなってないな、ははは」 (その冗談は···どこの人達の間で認められる冗談ですか。) 異形とはすなわち人だ。もう一人だって殺したくない。でもこの仕事をしないと父からの信頼が得られない。そしてこの仕事をし続けないと忠を守ることができない。 助けを求めれる人間なんて誰もいない。 それでも、願わずにはいられなかった。 もう疲れた、誰か助けて、と。
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