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見世物小屋から賑やかな声が漏れている。浅草の大通りはガス燈が灯り、夜を感じさせない異常な明るさと活気で満ちていた。しかし、一本裏通りに入ればそこは暗闇と怪奇が支配する正しい夜の姿がある。
その裏通りを一人歩く上機嫌な男。酔いが回っているのか、足取りは覚束無い。
「すみません」
か細い声が聞こえて振り向くと物悲しそうに沈んだ表情の女がいた。目は泣き腫らしたのか赤くなっており消え入りそうな声でこう続ける。
「私の待ち人をみかけませんでしたか?もうずっと待っているのです······」
酒が入っている男から飛び出すのは冷やかしの言葉。
「待ち人とはどんな関係なんだい?こんな路地裏で逢瀬じゃあ、ただならぬ関係だろうなぁ。しかも相手は来ないときたかっ!それはきっとあんたが馬鹿な女なんだよ!」
にべもなく、嗤われた女性は深くうつむく。その様子に気を大きくした男が続けた。
「そんな奴のことは忘れてよ、これから俺と遊ぶのはどうだぁ?」
冗談半分で言ったが、意外にも女性は顔を上げて先程よりもしっかりとした口調でこう尋ねた。
「私を何処かへ連れていってくれるのですか?」
「ああ、楽しいことしようぜ」
ハイになった男は女性の手を掴む。そしてその手が思いの外、冷えていることに首を傾げた。
「嬉しい。私今日のような日をずっと待っていたの」
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