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頑丈な部屋という言葉に従ってフェデ君が飛び込んだのは、私達が最後に探索したあの二階の書斎だった。
投げつけるような激しい音を立てて扉が閉まる。
私は早鐘のように打ち付ける心臓を抑え、ドアの内側にへたりこんだ。
(胸が苦しい……)
フェデ君が横で息を切らし、苦しそうに呼吸を整えている。
急に走ったというのもあるだろうが、たかだか階段を合わせて数十メートルで普通こうはならない。
私も彼も、恐怖で上手く呼吸が出来ないのだ。
暗澹とした闇の中に暫く二人の呼吸音だけが響いていた。
後悔が私の胸をつく。メアリーさんを危険だと感じていたのにぐすぐすと考え迷いフェデ君に伝える事をしなかった。その結果がこれだ。
エントランスで発見した死体を思い出す。
緑色に変色した身体と脳味噌が吸われて異様にへこんだ頭部。
もし私が気付くのが少し遅かったらフェデ君も同じ姿になっていたのだろうか。
(彼女はおかしいと分かっていたのに・・・)
私の責任だ。すぐにフェデ君に伝えなかった。まだ日が沈む前、キッチンで話した会話が蘇る。
『何か気付くことがあったら言いますね。』
『オーケー、約束ね!』
約束したのに。異形だと意味の分からない事を言って、おかしい奴だと突き放されるのが__怖かったのだ。
人に嫌われる事を何時だって何よりも恐れている。
扉を閉めてから二、三分たった頃だろうか。
ついに私は堪えきれなくなって言葉に出した。
「フェデ君ごめんなさいっ・・・」
絞り出すような自分の声は、風が窓を叩く音によってますます消えかかってしまった。
しかもここは街灯一つない森の中。外が何も見えない暗闇は風ではなく人が叩いてるとも錯覚させた。
「えっえっどうして謝るの?」
私の小さな声を拾い上げたフェデ君。
戸惑ったような声が聞こえる。
「メアリーさんがおかしいこと。実はちょっと前から気が付いてたんです。私が階段を降りるとき叫んだでしょう?あのとき実は別の物が見えてました。」
それに考えてみればヒントはもっと前からあった。
最初にフェデ君が違和感を示した時だ。
『路地裏とかによく居るんだけど、佇んでいるだけでさ生気がないっていう感じ。』
フェデ君が見ているオーラの世界は特別でフェデ君にしか理解出来ない。
そうなんとなく潜在的に線引きをして言葉の意味を掘り下げなかった自分がいた。
いいや、そうじゃない。
結局のところ私に第六感があれば、出会った瞬間にメアリーさんのことを見抜けていた。
なんだか何もかもが情けなくなって一気に捲し立てる。そうでもしないと涙が出てきそうだった。
「彼女はきっと異形です!私の家は異形を祓う事を生業にしてたので分かるんです……でもどうしよう、私には何も出来ないっ!」
「待って待って忠落ち着いて、深呼吸して。異形を祓う家系って何それ初耳なんだけど!?
ええっと生業にしてたってことは忠は祓う?退治出来るってこと?」
いやそれ以前に異形ってなんだ···?と、フェデ君のぶつぶつ呟く声が聞こえる。
暗闇の中で手を掴まれる。一瞬びくりとした。大丈夫、これはフェデ君の手だ。
「祓うことは……出来ないんです。
私には才能がなかったので。」
絞り出すように言う。
同時に頭の中であの日の声が反芻される。
____『こんなことなら産まなきゃよかったな』
『第六感がないなんて、一族の汚点だ』
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