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▶十五年前、side忠
格子窓から覗く夜空には半月が浮かんでいる。それは手元を照らすにはあまりにも頼りなくて、私は蝋燭に火を付ける。
その時こんこん、と控えめなノックが聞こえた。続いて抑え気味の声。
「忠ごめんね、こんな真夜中に。起きてる?」
声の主は兄さまだ。
「起きてます!」
予想外の訪問だったので私の返事は弾んだ。
南京錠の擦れる音がして建て付けの悪い扉が開く。もともと格子窓から入ってきていた冷たい風が、開いた扉からさらに流れてくる。
兄さまは私を見るとホッとしたように笑った。吐いた息は白くなる。
「良かった。アイツに気付かれないよう動くには仕事終わりのこの時間しかなくて。」
兄さまはあの日からずっと父の事を『アイツ』と呼ぶ。さすがに本人と仕事してる時には言ってないだろうが、それは変わった内面を表しているようだ。
だから私はいつもドキリとした。
音を立てないようにスルリと身を滑らせて入ってきた兄さまは、そのままいそいそと何かを取り出す。
「これが出来上がるのをずっと待ってたんだ。はい忠、手を出して」
そう言うと兄さまは、広げた私の手に黒い楕円形の物を載せた。
「これは……鏡ですか?」
全体は艶のある黒で塗られていて、所々に控えめな琥珀色が施されている。
そのシンプルな装飾の蓋を開けると、ちょうど顔が入るような大きさの鏡が現れた。
「そう鏡。でもただの鏡じゃないよ」
兄さまはクルリと手首を回して鏡の縁をなぞる。なんだか上機嫌だ。
「鏡っていうのは、何かを閉じ込める時非常に便利なんだ。例えば霊力なんかをね。古代から儀式にはよく鏡が用いられてきただろう?」
私は頷く。卑弥呼は儀式や占い事の道具として鏡を用いた。
「この鏡は御守りなんだ。忠を危ない目に会わないようにするための」
私はその言葉の意味を考える。
「つまり、兄さまの霊力を閉じ込めてるってことですか?」
「そうだよ。すごいね、少ししか説明してないのに。将来はやっぱり学者かなぁ」
兄さまが嬉しそうに笑う。対照的に私はうつむいた。そんな未来訪れるはずないのに。兄さまは私を
喜ばせたいのか最近少しちぐはぐなことを言う。
かちのない私なんかにはふさわしくない、高級感のある黒塗りが手のひらで存在を主張している。それをじっと見つめると決死の覚悟で首を振った。
「嬉しいです。でもこれは受け取れません。霊力が閉じ込められた御守りは非常に高価で求めている方も沢山いると聞いたことがあります。……それに私はここから出ることもありませんから」
そう、ずっとここに閉じ込められている私には一周回って必要ない物だ。
ところがその言葉を聞いた兄さまは私と全く同じ動作、決死の表情で首を振る。
「いいんだ。今までは求められている方にも作っていたけど……アイツが馬鹿みたいな高額を吹っ掛けてるのも知ってたし。それにもうやる予定もないから」
どうしたら良いか分からなくなってる私に兄さまが屈んでそっと目線を合わせてくる。
「ね、これは兄さんからのお願い。受け取ってほしいんだ。忠に渡せるものってこれくらいしか思い浮かばなくて」
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