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そう言うと兄さまはそっと包んだ。
触れられたその手はひどく冷たく、悴んでいる。
よく見れば鼻も赤くなっていた。
気温が下がる真夜中、ずっと仕事をしていたのだろう。そして終わった足でそのままここへ来たようだった。
「……ごめんね。兄さんちょっと色々と疲れちゃって。今日だけ一緒に寝ていい?昔みたいにさ」
そう言うと兄さまは項垂れたように首を下に向けた。
私はどうすれば良いか分からなくてオロオロする。嬉しい。確かに嬉しい。
でもここは隙間風が吹くし、暖をとる道具もない。疲れているなら暖かい屋内で、柔らかい布団で眠るべきだ。
そんなことを考えていると、
「難しいことは考えるのやめてさ、兄さんが忠と寝たいからそれでいいの」
そう言うやいなや私の肩に触れそのまま二人で後ろに倒れる。
びっくりしたのもつかの間、人の温かさを感じるのは久しぶりでなんだか安心する。
兄さまは毛布を引っ張ると、フワリと広げて自分達の上にかけた。
「あー」と一仕事終わった後に出すような声を兄さまが出すので、私も面白くなって真似する。
意味を持たない感嘆詞のはずなのに、その瞬間の私たちには確かに会話が成り立っているような不思議な感覚がして、それを繰り返す。
不意にどちらともなく笑い始めて、弾けるような笑い声が蔵に響いた。
笑いすぎた後に訪れる奇妙な静寂の中、兄さまがポツリと言う。
「ねえ忠。異形でもなんでもね、大切なのは対話する力だよ」
「対話する力……ですか?」
「そう、対話する力。言葉の力。
兄さん間違ってた。そして過ちを犯していることを分かったうえでずっと止めれなかった臆病者なんだよ」
うとうとしていると兄さまの手が伸びてきて、頭を撫でられる感覚がする。
「一つ約束してくれる?」
「何でしょうか」
笑った後の力が抜ける感覚といつにない温もりで私は若干微睡んでいた。
それでも兄さまが何か大切なことを言おうとしてる気がして意識を引っ張る。
「残酷かもしれないけどね、何があっても生きてほしいんだ。大丈夫だよ忠。兄さんが見守ってるから。少しでもおかしいと思ったらこの鏡で見てみるんだ。きっと忠なら上手くやれる」
優しい真綿に包まれたような夜だった。
「···救えなくて、ごめん、ね」
そんな呟きが聞こえてきて私は首を振ろうとする。
(たくさん救われてます)
ただ包まれたものが優しすぎて、私の意識は限界で手放された。
不安になるほど幸せだ。
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