37人が本棚に入れています
本棚に追加
/129ページ
頭の中であの日の声が反芻される。
____『こんなことなら産まなきゃよかったな』
『第六感がないなんて、一族の汚点だ』
ごめんなさい。ごめんなさい。
生まれてしまってごめんなさい。
ちゃんと死ぬから、もう殴らないで。
私を責める声が頭から離れない。
逃げても逃げても、何処までも追いかけてくる。
私の人生を呪う声。
私の人生を否定する声。
本当は、本当は誰に否定されようとも生きたい。
でももう足掻けない。誰か助けて_____
きつく目をつぶったその時、凛とした鋭い声が響いた。
「責めてなんかないっ!!」
フェデ君が大きな声で叫ぶ。
そして、ドアの前でへたりこんだままの私に駆け寄る。
「ねぇ忠、ひょっとして暗い所が嫌い?狭い所が苦手?」
暗い所は嫌いだ。狭い所も嫌いだ。
子供の頃、閉じ込められてた蔵を思い出すから。
窓を叩く音は酷くなり、年季の入ったガラスは今にも割れそうだった。
ヒューヒューと近くで不思議な音がして顔を上げる。
ああ違う、自分の呼吸音だ。
息が苦しい、吐けない。
手が伸びてきた。怖い。殴られる。
ギュッと目を瞑る。しかし何時まで経っても鈍い痛みは起こらなかった。
代わりに背中を撫でられる感覚がする。
「忠はさっき俺の事を助けてくれたじゃんか。俺からしたら恩人だよ。だから忠がなんでそんな責めてるのか分からない。
……ねぇ忠。」
「今は失敗したように思えても、忠の行動は巡り巡っていつか意味のあるものになるんだよ」
そーゆー風に世の中は出来てんの!とフェデ君の軽やかな声が続く。何もかもが暗闇の状況で軽やかな声を出すのは、私を励ますために他ならなかった。
顔が見えずとも分かる。彼は笑っている。こんな優しい何かに包まれるのはいつ以来だろうか。最後に兄さまと寝たときかもしれない。涙が頬を伝って次から次へと落ちていった。
泣いてるのに気が付いたのかフェデ君が手を伸ばす。彼のワイシャツが涙を吸収した。
フェデ君はなおも私の背中をポンポンと叩く。一定のリズムのそれはまるで子供を寝かせる時みたいだった。
ある程度冷静になってくると、急に恥ずかしさが襲ってきた。
「あの、フェデ君私……」
「人に包まれると安心しない?」
「え、まあはい……」
動こうと思ったがフェデ君の腕はびくとも動かなくて、私は困惑気味に応える。細腕なのに馬鹿力か。
「俺も人に包まれると安心するから。」
フェデ君はそのまま続ける。
「温もりがあれば誰でも良いやって思って一緒に寝ちゃうんだよ。だから俺いっつも怒らせちゃう」
そういえばフェデ君を最初に見かけた時、彼は修羅場の渦中だったことを思い出す。
何かがストンと胸に落ちた気がした。
彼のうるさいほどの陽気さは、孤独という恐怖の裏返しかもしれない。
彼が満たしたいのは性ではなくて、欠如した心の一部なのに。
動けないので視線だけ上げフェデ君を見る。
彼は斜め上、虚空を見つめながら喋っているようだった。
「泣いたって良いじゃない。俺もたまに泣くよ。人はもう一度立ち上がるために泣くんだよ。」
気が付かなかった。
彼のワイシャツからは微かに硝煙の匂いがして、それがフェデ君にはひどく似合わなかった。
最初のコメントを投稿しよう!