それはあの日の形見

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頭の中であの日の声が反芻される。 ____『こんなことなら産まなきゃよかったな』 『第六感がないなんて、一族の汚点だ』 ごめんなさい。ごめんなさい。 生まれてしまってごめんなさい。 ちゃんと死ぬから、もう殴らないで。 私を責める声が頭から離れない。 逃げても逃げても、何処までも追いかけてくる。 私の人生を呪う声。 私の人生を否定する声。 本当は、本当は誰に否定されようとも生きたい。 でももう足掻けない。誰か助けて_____ きつく目をつぶったその時、凛とした鋭い声が響いた。 「責めてなんかないっ!!」 フェデ君が大きな声で叫ぶ。 そして、ドアの前でへたりこんだままの私に駆け寄る。 「ねぇ忠、ひょっとして暗い所が嫌い?狭い所が苦手?」 暗い所は嫌いだ。狭い所も嫌いだ。 子供の頃、閉じ込められてた蔵を思い出すから。 窓を叩く音は酷くなり、年季の入ったガラスは今にも割れそうだった。 ヒューヒューと近くで不思議な音がして顔を上げる。  ああ違う、自分の呼吸音だ。 息が苦しい、吐けない。 手が伸びてきた。怖い。殴られる。 ギュッと目を瞑る。しかし何時まで経っても鈍い痛みは起こらなかった。 代わりに背中を撫でられる感覚がする。 「忠はさっき俺の事を助けてくれたじゃんか。俺からしたら恩人だよ。だから忠がなんでそんな責めてるのか分からない。 ……ねぇ忠。」 「今は失敗したように思えても、忠の行動は巡り巡っていつか意味のあるものになるんだよ」 そーゆー風に世の中は出来てんの!とフェデ君の軽やかな声が続く。何もかもが暗闇の状況で軽やかな声を出すのは、私を励ますために他ならなかった。 顔が見えずとも分かる。彼は笑っている。こんな優しい何かに包まれるのはいつ以来だろうか。最後に兄さまと寝たときかもしれない。涙が頬を伝って次から次へと落ちていった。 泣いてるのに気が付いたのかフェデ君が手を伸ばす。彼のワイシャツが涙を吸収した。 フェデ君はなおも私の背中をポンポンと叩く。一定のリズムのそれはまるで子供を寝かせる時みたいだった。 ある程度冷静になってくると、急に恥ずかしさが襲ってきた。 「あの、フェデ君私……」 「人に包まれると安心しない?」 「え、まあはい……」 動こうと思ったがフェデ君の腕はびくとも動かなくて、私は困惑気味に応える。細腕なのに馬鹿力か。 「俺も人に包まれると安心するから。」 フェデ君はそのまま続ける。 「温もりがあれば誰でも良いやって思って一緒に寝ちゃうんだよ。だから俺いっつも怒らせちゃう」 そういえばフェデ君を最初に見かけた時、彼は修羅場の渦中だったことを思い出す。 何かがストンと胸に落ちた気がした。 彼のうるさいほどの陽気さは、孤独という恐怖の裏返しかもしれない。 彼が満たしたいのは性ではなくて、欠如した心の一部なのに。 動けないので視線だけ上げフェデ君を見る。 彼は斜め上、虚空を見つめながら喋っているようだった。 「泣いたって良いじゃない。俺もたまに泣くよ。人はもう一度立ち上がるために泣くんだよ。」 気が付かなかった。 彼のワイシャツからは微かに硝煙の匂いがして、それがフェデ君にはひどく似合わなかった。
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