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辺りが、深い霧に包まれていることに気付く。まるで男と外界とを断絶させるように。酔っ払っていた男はようやく異常事態に気が付いた。途端に嫌な汗が頬をつたう。儚く笑った女性の顔が、溶ける。醜く変貌し、目玉が地面に落ちてグシャリと潰れた。
「ヒッッッたったっ助けてくれ!!」
男は失神直前で叫ぶ。変貌した女性はとてもこの世の者とは思えなかった。身体の至るところから汗が噴き出し全身が恐怖に蝕まれた。
「嬉しい嬉しい嬉しいこれで私ももう一度······」
うわごとのように言う声を聞きながら、男の意識は恐怖のあまり途切れた。
異形の気配と、人間が1人____
急がないと。少年は眉をひそめる。
角を曲がると目的の異形がいた。黒い霧に包まれている一角で、今まさに人間が霧に飲み込まれようとしている所だった。少年は素早く抜刀し呼吸を整える。
「_____封界定印」
刹那、彗星のような光が瞬いたと思うと霧が霧散していった。代わりに、焼きただれた人間の顔が姿を現す。眼球があった場所は、ぽっかりと空いていた。
少年は霊刀と呼ばれている物を振り被る。そのまま一片の迷いもなく、人の形をしたものに突き刺した。
背後で見ていた、壮年の男が歩み寄る。
「敬は流石だな。将来が楽しみだ」
二人とも、身に纏っているのは正絹で作られた上質な紬の着物。そして腰には刀をさしていた。髭を生やした壮年の男性が表通りの喧騒に耳を傾ける。
「数年前なら真夜中の市中がこんなにうるさいことなんてなかったのになぁ」
そう言って、困ったように足元で失神する酔っ払いを眺めた。それに対して、隣に立った少年が苦笑する。
「父上、また昔はどうだって。そんなこと頻繁に言ってるとお年寄りの始まりですよ」
父上と呼ばれた男は快活に笑いながら応えた。
「隠居爺も悪くないかもなぁ。だって敬がすでにこんなに立派なのだから」
続けて爺は早寝早起きだからこんな夜更けに仕事は辛いよと愚痴るが、敬__もとい息子には無視されているようだった。
「父上、この男性どうします?失神しているようですけども」
「そのまま寝かせておけ。目が覚めたら悪い夢だと思うだろう」
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