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(忠は今5歳だから、もう一年もしたら見えるようになるだろう)
いや、兄弟が4歳で見えるようになったのだから忠もひょっとしたら今に見えるようになるかもしれない。
(忠もあの時のような怖い思いをしないといけないのか)
そのことを思えば少し複雑な気持ちになった。しかしこの家に生まれたからには避けられない運命。
(その日が来たら、今度は自分が大丈夫と言って抱きしめてあげたいな。あの日自分が父にしてもらったように)
安心しきった表情で、スヤスヤと寝息を立てている忠を見つめながら敬は思う。
忠という人間は才能に溢れている。忠は好奇心から家の本を漁っては、誰に教わった訳でもないのに勝手に読み書きを習得している。敬は小学校に行ってから仕方なくやり始めたというのに。そして絵を描くのが好きで、一度始めれば何時間も何時間も没頭する。
飽きっぽく勉学や芸術に関して凡庸な敬からしてみれば、弟のその集中力は自分にはない凄い代物。だからより一層輝いて見えた。もちろん家族という贔屓目はあるかもしれないが、忠は間違いなく神様から愛されギフトを授かって生まれた子だ。
忠はどうか痛いことや、辛いことからは縁遠く
健やかに幸せなことだけで埋め尽くされた人生を生きてほしい。もちろん辛苦を経験しないと人として前に進めない事は分かっているが。中々の溺愛っぷりに、自分でも若干呆れた。むにゃむにゃと忠の口が動く。
「父上、浮気はいけませんよぉ······」
もう少し年相応な夢を見てほしい気がする。
眠る忠の頬に触れれば、赤子のようにスベスベで柔らかな肌を感じた。9歳の年齢差のゆえ、忠が産まれた時のことも敬はよく憶えている。
母上は自分を産んで間もなく、なかなか次の子が出来ず親戚にそれを咎められることもあり苦しかったと、ポツリと呟いた。
そんな背景も理解できるようになったからこそ、忠が産まれてくれたことにより感謝した。
口から欠伸が出る。時刻は丑の刻を回っていて自分だって寝なければいけない時間だ。
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