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不意に誰かが木箱を蹴り倒す音がした。
(そろそろかな······)
俺は半ば倒壊してるような建物と建物の間に身を滑らせる。ネズミが驚いて奥へ逃げていった。それは未来を暗示しているようで、軽く笑ってしまう。
そのまま少し待っていると、随分焦った様子の男がこちらへ走ってきた。その顔に余裕はなく、声をかけてきた娼婦をにべもなく突き飛ばす。
「ハァハァ······くそっ、この辺りの筈なのにっ!」
小太りの男は焦った様子で地図を取り出した。冷え込んだ夜の街だというのに、男の額には汗が滲んでいる。
「くそっ、早くしねぇと追っ手が来ちまう!」
そう言ってせわしなく周囲を見回す男。そこへ後ろから俺は声をかける。
「ローレン幹部?」
男は突然呼ばれた己の名前に、飛び上がった。反射的に銃を抜き、後ろを向く。
「わぁぁぁ待って撃たないでぶたないでぇぇーーー」
俺は反射的に、情けない叫び声を上げた。途端に恐怖で引きつっていた男の顔は呆れ顔に変わる。
「なんだフェデか······うるせぇよ」
緊張の糸を緩めたローレン。銃をしまいながら彼は長い溜め息を吐いた。そんなこと言われたって仕方がない。俺は怖いのも痛いのも嫌なのだ。
「もぉーーびっくりしました。血飛沫が上がる未来まで想像出来ましたよ! 何をそんなに緊張してるんですかローレン幹部? あ、そういえばお久しぶりです!」
何時も通りの大袈裟な身振り手振りで挨拶する。そんな俺に相手はゆるゆると虚脱した様子で首を振った。顔を引き締め言う。
「お前の緊張感が無さすぎるだけだ。普通、マフィアが夜の街を歩いてるんだぞ。周囲に警戒して当然じゃないか」
さっきの情けない悲鳴を思い入れ出したのか、彼は鼻で笑った。相変わらず陽気でうるさい奴だとでも思っているのだろう。そう、それでいい。
今のローレンにとって、普段なら鬱陶しいと感じるその言動は安心材料になるだろう。
「最近会わないので心配してたんですよ。どうしたんですか幹部? こんな所で······貴方にはこんな路地裏、相応しくないですよ?」
何か仕事があるなら俺が、と続け敬うような視線で相手を伺った。ローレンは、俺がマフィアの組織に入ってきた時からから関わりがある。最初に様々なことを教えてくれたのは彼だった。
多分俺には慕われ、尊敬されているという自負がローレンにはあるだろう。『貴方にはこんな所相応しくない』そう言って敬う俺にローレンは何を思うだろうか。
ローレンは目の前のニコニコと笑う俺の手を掴んだ。
「なあ、お前に重大な仕事を頼みたい。この荷物をロンドンの南にある森まで運んで欲しいんだ。そこに俺の右腕がいるはずだから」
ああ、あの人ですね。という感じで俺は頷く。
「ロンドンの南と言ったら、デリング・ウッズですか? それくらいならお安いご用ですけども、これはそんなに重大な荷物なんですか······?」
荷物を開けようとする俺を、ローレンは慌てて止めた。
「俺は今ボスから命令を受けて極秘の調査をしていたんだ! 本当に極秘だから俺の部下も知らない。それぐらい重大ものなんだよ!」
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