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▷Side忠
自然豊かな郊外のペンション。そして小鳥の囀りで目覚める爽やかな朝、なんてものは存在しない。
「いい加減にしろっっっ!」
そんな怒声と共に凄まじい衝撃音がして、夢うつつだった私は飛び起きる。
「な、な、なんでしょう?」
寝間着姿のまま部屋から顔を出すと、隣室から声が聞こえてきた。
「うえぇ~そんなに怒ること?」
隣室は昨日の夜まで宿泊客はいなかったはず。私は恐る恐る隣の部屋を覗く。部屋の中には茶髪で細身の青年、そして栗色の髪をした女性と昨日と変わらず無精髭を生やした宿主さんがいた。昨日と一つだけ違う点を挙げるならば、人のいい笑みは浮かんでいない。青筋が浮かんでいた。彼は爆発寸前といった様子で肩を震わせていた。その理由は、まあ部屋を見れば分かる。お察しの通りだ。
茶髪の男性は半裸だし、女性はシーツを巻いていていかにもという状況が広がっていた。女性の方には見覚えがある。宿の奥さんだ。
____なるほど修羅場ですね。
ご愁傷です。憤慨している宿主さんに向かって心の中でそっと手を合わせる。仕方ないが昨日の人のいい笑顔はどこにもないのが怖い。
「ホントに何もしてないんだ。裸で寝るのは趣味なんだよー」
火に油を注ぐだけの弁明に、宿主さんが手近にあったイスを蹴りあげて怒鳴った。その剣幕に私は思わず体がすくむ。勿論、自分に向かって怒っているわけではない。なのにこうも緊張してしまうのは、もはや哀しい自分の性だ。
「畜生! 悪びれもせずに飄々としやがって、クソッこれだからイケメンは!! 自分のしたことわかってんのか!!」
「イケメン? 照れるなぁ」
茶髪の青年は、罪悪感というものがないのだろうか。そっと部屋の扉を閉め考える。
薄い壁を隔てた隣の部屋でら修羅場の声は丸聞こえだ。しばらく戻ってこないのが無難だろう。朝ごはん······なんて言える状況ではない。
画材とキャンパスを持つと部屋を出て、そさくさと修羅場の前を通り抜ける。
「あんた覚えていろよ!!死んでも呪ってやる!!」
「ハァ、死んでも呪われているくせに······」
大きなため息のあと。そんな不可解な言葉が聞こえたような気がした。
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